サイト ‘IVY STYLE’,Oct.12,2025 付けで
‘On the 60th anniversary of “Take Ivy”’
「“Take Ivy” 出版 60周年記念によせて」
の見出し記事が掲載されていました。
下記,拙訳・転載します。
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This article is reprinted from the Yale Daily News.
By Zachary Clifton, Staff Reporter
1965年9月30日,東京の雑誌社が米国の大学8キャンパスのファッションを特集した書籍を出版した。その名も “Take Ivy”。写真は写真家の林田昭慶(Teruyoshi Hayashida)によるもので,文章はすべて日本語で書かれており,彼が撮影したキャンパスはアイビー・リーグを構成する各キャンパスを網羅している。ニューヨーク・タイムズ紙は「ファッション・インサイダーの宝庫(treasure of fashion insiders)」と称賛し(hailed),GQ誌は「メンズウェアの先駆的大著(seminal #menswear tome)」と評した(dubbed)。本書には様々な(no shortage of)呼び名が付けられている:「元祖スタイル・バイブル」,「サルトリアル・ケイフェイブ(Sartorial kayfabe)」「日本のベビー・ブーマーのためのアイビー・リーグ・バイブル」など,ファッション用語と聖典(sacred text)の同義語を組み合わせた,ありとあらゆる呼び名が付けられている。
先週,“Take Ivy” は出版60周年を迎え,その遺産は今もフィラデルフィア,プリンストン,ニューヨーク,ニュー・ヘイブン,プロビデンス,ケンブリッジ,イサカ,ハノーバー,そしてその間のあらゆる都市に息づいている。数々の称賛(accolades)や揺るぎない言及を取り去れば,“Take Ivy” は写真集である。“Ivy style” が 初めて体系的に(methodically)記録された(chronicled)。林田は日本から渡米し,これらの写真を春に撮影した。ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると,写真は数万枚に上る。林田は,ルールと明快さを重んじる好奇心旺盛な日本の読者に,一見複雑に見えるアイビー・リーグ・ファッションのコードをより深く理解してもらいたいと考えた。
この本には,「イェール大学服装規定20条(Yale University’s 20-Article Dress Code)」が掲載されている。これは,1965年に新入生向けに配布されたガイドラインである。このガイドラインは,学生たちに 「ほとんどの時間を授業や寮で過ごすようになった今,キャンパスではカジュアルな服装(dress casually)で構わない」と安心させていた(reassured)が,デートやレストランではスポーツ・ジャケットとネクタイを着用するよう厳しく(sternly)勧告していた。米国のファッションとカルチャー ライター,W・デイヴィッド・マークス(W. David Marx)は,「アイビー・リーグのワイルド・マドラス・ウェア着用者たちを追って(Stalking the Wild Madras Wearers of the Ivy League)」の中で,“Take Ivy” が捉えた学生たちの “Ivy style” について書いている。「彼らは、マドラス・コットンのブレザー,オックスフォード生地のボタン・ダウン・シャツ,カーキのバミューダ・ショーツ,くたびれた(patinaed)ペニー・ローファーといった,アイビー・リーグの典型的なスタイルの頂点(pinnacle)を極めた服装をしている。」 と書いている。
ハーバード大学で学び,現在は東京で執筆活動を行っているマ-クスは,“Take Ivy” について簡潔な(succinct)解説を行っている。彼によれば,この本は「中庭(quads)をぶらぶら歩き,ホットドッグを食べ,図書館で期末試験(finals)の勉強をする若い米国人の男性たち」 を描いたものだという。歩き方や勉強の仕方は変わっていない。しかし,学生たちは変わった。今日では,学生の半分は女性で,約10分の1は外国人だ。1960年代のイェール大学の学生― ほぼ全員が白人の米国人男性だった― は,今では5分の1以下になっている。
学生たちは見た目こそ違うが,服装はしばしば同じである,特に今は。先月,「ダブルのポロ・カラー,カーゴ・ショーツ,そしてJ.クルー,ラルフ・ローレン,J.プレスといったブランドのブレザーが,近年で最もプレッピーなニューヨーク・ファッション・ウィークを牽引した。」 と,GQ誌のサミュエル・ハインは述べている。60年前にカタログ化されたスタイルが,今なお文化的な意識の最前線に君臨している。「ニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)では,誰もがプレッピーになりたがる。」と,最近のGQ誌の記事には書かれている。
What is “Take Ivy” to today’s Yale students?
現代のイェール大学の学生にとって,“Take Ivy” とは一体何なのだろうか?
全く知らない学生もいる。しかし,この本が日本の読者に紹介したスタイルを今でも着ている学生もいる。“Take Ivy” を知っている学生たちは今でも コピーを所有し,スタイル・ガイドとして活用している。しかし,学生たちは徐々に,そのスタイル・ルールを守ることをやめ(crept away),むしろそれを覆す(subverting)ようになってきている。
Sunbathing and studying / 日光浴と勉強
“Take Ivy” の写真によると,ある晴れた日,モース・カレッジ(Morse College)の外では,上半身裸のイェール大学の学生が,大学とペイン・ホイットニー体育館の間の芝生に寝そべっていた(sprawled out)。キャプションには,この学生が「試験の準備もしながら,必死に(desperately)日焼けした肌を目指していた。」と記されている。おそらくこの写真集の中で最も印象的な(evocative)この写真は,イェール大学で初めて暖かくなった日,輝く太陽が学生たちにニュー・ヘイブンの冬を乗り越えたことを告げる様子を思い起こさせる(conjures)。キャプションにはさらに,「アイビー・リーガーは,成績は良いのに屋内で過ごす時間が長すぎて肌が青白くなっている学生を嫌う(frown upon)。」と書かれている。
その早春の日,ゴンザレスはダーク・レザーのJ.クルーのペニー・ローファー,赤いストライプの入った白いリブ編みのジム・ソックス,そして白いストライプの入った赤いジム・ショーツでソファに座っていた。ゴンザレスはバークレー・カレッジに住んでおり,その校舎カラーは(当然のことながら)赤と白だ。大学のカラーを讃える彼の服装は,「忠誠心(allegiant)」とでも言うべきものだ。ダニエル・カペロ(Daniel Cappello)は,アスーリン(Assouline)社刊行の著書 “The Ivy League” の中で,イェール大学の学生たちを この言葉で形容している。「入学する(matriculating)者も卒業する者も,イェール大学の学生たち(Yalies)は皆,母校(alma mater(*ラテン語))への驚くほど純粋な愛着を抱いている」。カペロは,“Take Ivy” で初めて紹介された “Ivy style” の印象を再考している(revisits)。
「イェール大学の学生たちは,同じように飾り気のない(unaffected),クラシックで無骨な(ruggedness)装いをする傾向がある。いわゆるメイン・ルック(Maine look),つまりスポーティな ‘Patagonia’ のフリースや ‘North Face’ のジャケットで,北東部のさわやかな,しかし身の引き締まるような(brisk)秋をしのぐ。」 と彼は書いている。「海洋性気候のニュー・ヘイブンは,イェール大学を ‘Land’s End’ ルックの自然な生息地としている。ゴンザレスもその真髄を理解している。彼は履き古したペニー・ローファーに,トラウザーズ,あるいはストライプやチェック柄のショート・パンツと,‘Arc’teryx’ や ‘The North Face’ のテクニカル素材のアウターを合わせている。最近では,控えめで鮮やかな,ほとんどバーント・オレンジに近い黄色のレイン・コートが彼の定番(go-to)だ。」
彼は私に “Ivy style” について語ってくれた - それは単に “Take Ivy” で紹介されているようなものではなく,ゴンザレスが 「時折」取り入れること(tapping into)を楽しんでいる現代版なのだ。彼はこう言った:「ファッションには,客観的に見て優れているニッチなスタイルがたくさんある。私たちのほとんどは,いくつかのスタイルに惹かれ(gravitate),他のスタイルを捨て去る(leave)。‘Ivy style’ は私が憧れ,身につけているスタイルの一つである。しかし,それを完全に自分のものにすることは決してない。」 ゴンザレスのファッションへの衝動は,美学を超えた感情によって和らげられている。彼は,昨年 ‘The Atlantic’ 誌に 「アイビー・リーグはいかにして米国を破壊したか(HOW THE IVY LEAGUE BROKE AMERICA) 」と寄稿したデイビッド・ブルックス(David Brooks)の言葉に同調している。「まとまりのある社会には必ず…優れた人物像がある。
米国では,19世紀後半から1950年代のあるときまで,優れた人物とは…ニューヨーク市五番街のようなエリート社交界を牛耳っていた,かつてのWASP一家に生まれた男性だった。」 ゴンザレスもニューヨークを故郷としているが,こう語った。「ファッションは超富裕層だけに限定されるべきではない。主流となるものの多くは,労働者階級のグループから生まれることが多い。 ファッションは,異なるグループ間で文化交流や言語を行う最も一般的な形態の 1 つだ。」 その会話にはすべての人が含まれるべきだと彼は考えているが,ルームメイトほど流暢に話せる人はほとんどいない。
Standard Bearer or Wearer? / 旗手か着る者か?
バークレー大学2年生(sophomore)でゴンザレスのルームメイト,グリフィン・サントピエトロ(2028年卒業予定)は,ニュース広告で不朽の名声を博した(immortalized) “Ivy style” を愛好している(has a fondness)。彼は,ニュー・ヘイブンの老舗ブランド,J.プレスにとって「アイコン」のような存在である。J.プレスは1903年の創業以来,米国大統領やノーベル賞受賞者にネイビーのブレザーやシェトランド・セーターを提供してきた。
作家でもあるサントピエトロは,メイン州出身。現在はコネチカット州在住だが,カペロ(Cappello)の「昔ながらの飾らない無骨さ(unaffected ruggedness)」は今も健在だ。
昨年のイェール大学対ハーバード大学戦― “Take Ivy” が 「世界三大大学対抗戦の一つ」と謳う ― に,サントピエトロは ワックス・コットン(waxed-cotton)の「バブアー(Barbour)ジャケット」,黒のレザー・グローブ,クラシックなネイビーの Y字型セーター,そして日本製のセルビッジ・デニム(selvedge denim)を身につけた。J.プレスのカタログのような雰囲気(aesthetics)の写真をインスタグラムに投稿し,「ハーバード,負けた」 とキャプションを付けた。
確かに,ハーバードは負けた。しかし,サントピエトロの服装は,フットボールの試合が単なる偶然の出来事であるかのように見えた。
彼は私に 「ぎこちなく(awkwardly)フォーマルになりたくなかった。」と言い,モース・カレッジに通うサントピエトロの同級生,サケス・サダナラ(28年卒業予定)も同意見だった。 「奇抜な(crazy)ものを着るのはちょっと気が進まない。」と彼は言った。「その代わりに,普通の定番アイテム(staples)に少しだけセンスを加えたものを着るのが好きだ。」
サダナラは,クローゼットの中で一番のお気に入りは アクネ・ストューディオズ(Acne Studios)の 2021Mだと言っていた。「このパンツには 『個性』 があって,他の黒いリーバイスとは一線を画す」。その『個性』とは,ワイド・ストレートのレッグ,膝から少しフレアになったシルエット,ロング丈,そしてヴィンテージ・ウォッシュによる着古したような風合い(heavily worn-in look)である。
二人,そしてゴンザレスは,服装にこだわりすぎないという点で意見が一致している。特にサントピエトロは,“Ivy style” が教義化される(become doctrine)ことを嫌う。「説教臭く(didactic)言う必要はない。」と彼は言う。「毎日がベストな服装というわけではない。そうである必要もない。しかし,スウェットパンツとTシャツだけで終わることは絶対にしたくない。自分がどこにいるのか意識しているということを,みんなに知ってもらいた。」
本の限界について,彼はルームメイトと似たような境地に達した。「この時代について語るとき… とても白人中心で,男性中心だ。重要なのは,それを再現することではなく,スタイルの原則を取り入れ,現代風にアレンジすることだ」。彼にとってそれは,「着飾っていながらも機能的」という意味だ。「‘Take Ivy’ 世代の男性たちは,父親のクローゼットに行き,古着を着た最初の世代だ。」
「しかし」 と彼は皮肉を込めて言った(quipped),「彼らは皆,もっとクールに着こなしている。」
サダナラはこう言った: 「昔と比べて,今はずっとフォーマルではない。私にとって ‘Ivy style’ は 『法律』ではなく,むしろインスピレーションを得るための場所だ。伝統を尊重しつつ,自分らしさを表現することを両立させている。」
サダナラ,サントピエトロ,ゴンザレスの3人は,キャンパスでそれぞれのスタイルで注目を集めている。しかし,誰もそれを深刻に捉えていない。
彼らが “Take Ivy” をめくり,バークレー・レッドのソファに沈み込み,どういうわけか自分たちを揶揄し,かつ自分たちを擁護するような笑いに浸っている姿を容易に想像できる。その犯人(culprit)は,林田の “Play hard…” (思いっきり遊ぼう…)」というセクションだろう。そこには,イェール大学の服装規定を鵜呑みにする(matter-of-factness)ような言葉が添えられている:
「男友達といると,男子学生は酒浸り(drinking sprees)になることがある。たいていは穏やかだが,時には意識を失うほど飲み明かすこともある。」
“Take Ivy” は,服装や形式ばった装いの下に,アイビー・リーグの大学生活が長きにわたり,スタイル,学問,そして社交の場の喧騒の間で危ういバランスの上に成り立っていたことを証明するものとして,今もなお語り継がれている。60年を経て,時代遅れの社交生活の見せかけ(pretenses)は薄れつつある。しかし,最高のスタイルの慣習は残っている。
(転載了)
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“Take Ivy” が出版された 1965年,私は ファッションとは ほぼ無縁の高校生でした。
因みに 1965年,週刊誌「平凡パンチ」は 50円,“Take Ivy” は 500円 でした。
その後,大学生になり “Take Ivy” を出版した 婦人画報社のファッション月刊誌 ‘MEM’S CLUB’ を買うようになって ‘Take Ivy’ の存在を知りました。
米国で “Take Ivy” が 広く知られるようになったきっかけは 2008年5月,スタイル・ブロガー,マイケル・ウィリアムス(Michael Williams)が,“Take Ivy” を スキャンして数十枚の写真を彼のウェブサイト “A Continuous Lean”(継続的な傾き)に掲示したことでした。
2009年6月17日に,‘The New York Times’ の Fashion & Styleに,‘The All-American Back From Japan’というタイトルの記事が掲載されました。
この記事には 「“Take Ivy” は 米国では常に希少で,ファッション関係者の貴重品(treasure)として eBayや 古本屋で 千ドルから数千ドル以上の値が付いている。」とありました。
その後,2010年,ブルックリンの出版社 「パワーハウス(powerHouse)」が,復刻英語版 “Take Ivy” を出版し,世界で 5万部売れ,ネオ・アイヴィー・スタイル(neo-Ivy style)ウェイブの先導的役割を果たし,ラルフ・ローレンと J.クルーの店では,棚に飾られたようです。
この出版前に,またしても ‘The New York Times’ は,Fashion & Style,The Look(新書紹介?)で “Take Ivy” を取り上げ,「・・・online で 数千ドルで “Take Ivy” が取引されていた。・・・ 来週からは 誰でも 24.95ドルで “Take Ivy” の ‘odd influence’(*何と訳すべきか?) を経験できるようになり ・・・」 などと紹介しました。
この 原本の高騰,英語復刻版の出版は 朝日新聞で報道されたような気がします。(記憶,不確か)
関東を離れていた私は,2011年 東京出張の折り,立ち寄った ‘WINE LABEL for SHIPS’ 銀座店(銀座1丁目)で,積んであった 英語版 “Take Ivy” を見かけて購入しました。
面白いのは 写真集 “Take Ivy” は VAN Jacket が企画した映画(ドキュメンタリ・フィルム) “Take Ivy” の 謂わば 副産物(オマケ)だったことです。
米国に行った映画撮影クルーは VAN Jacketの社長 石津謙介の息子で企画部長だった 石津祥介を団長に くろすとしゆき,4人の撮影クルー,通訳兼コーディネーターとして米国に留学経験のある広報部員の計7人に スティル写真撮影の為に カメラマンの林田を加えた8人のメンバーでした。
帰国後 VAN Jacket と関係が深かった ‘MEN’S CLUB’ の発行元の婦人画報社が 林田が撮った写真を見て 写真集を出版することになったようで,撮影隊が帰国するまで,元々の企画には なかったのです。但し,写真集の解説は VAN Jacket および くろすとしゆき が 執筆しました。
この写真集は 半分を VAN Jacket が買い取り,各店に置いたそうです。
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