“Brooks Brothers” の歴史など
1970年代に日本に上陸した ‘Brooks Brothers’ を 80年代前半から愛用していました。
特に,1994年から2009年の関東勤務時は よく北青山の本店に行きました。
リタイアして着なくなったまま残っているスーツ,スポーツ・コートのほとんどは ‘Brooks Brothers’ の製品です。
2,000年頃からのデザインなど変化の原因(経営がイタリア系会社に移る)などを含め 英文 ‘Wikipedia’ の ‘Brooks Brothers’ で確認しました。
下記,拙訳・転載します。
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‘Brooks Brothers’ は1818年に創業した米国の高級衣料ブランド(luxury American clothing brand)で,米国で継続して営業している最古のアパレルブランドである。元々は家族経営だったが,2025年時点で,‘JCPenney’,‘Aéropostale’,‘Eddie Bauer’,‘Lucky Brand Jeans’,‘Nautica’と同様,‘Catalyst Brands’の傘下となっている。‘Brooks Brothers’ は,紳士服,婦人服,子供服の輸入に加え,アイウェアについては ‘Luxottica’,フレグランスについては ‘Interparfums’,ホーム・コレクションについては ‘Turko Textiles’ に名前とブランドのライセンスを供与している。
History
Founding and 19th century
1818年4月7日,45歳のヘンリー・サンズ・ブルックス(Henry Sands Brooks)は,マンハッタンのキャサリン通りとチェリー通りの北東の角にH. & D. H. ブルックス商会(H. & D. H. Brooks & Co.)を創業した。彼は,「最高級の商品のみを製造,適正な利益で販売し,そのような商品を求め,その価値を認める人々と取引すること」を自らの理念とした。1833年,4人の息子,エリシャ,ダニエル,エドワード,ジョンが家業を継承し(inherited),1850年に社名を ‘Brooks Brothers’ と改名した。
黄金のフリース(the Golden Fleece)のシンボルが1850年,会社の商標として採用された。リボンに吊るされた毛深い羊(wooly sheep)は,長らく英国の毛織物商のシンボルだった。このシンボルは15世紀に遡り,ブルゴーニュ公フィリップ善良公(Philip the Good, Duke of Burgundy)によって設立された黄金のフリース騎士団(the Knights of the Golden Fleece)の紋章でもあった。
‘Brooks Brothers’ は創業当初,米国の顧客に既製(ready-to-wear)スーツを提供したことで知られていた。19世紀半ばには,‘Brooks Brothers’ はアメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンの衣装を手掛け,彼を誠意ある(loyal)顧客とみなしていた。
リンカーンは2度目の就任式で,‘Brooks Brothers’ が特別に仕立てたコートを着用した。コートの裏地には,鷲と「一つの国,一つの運命」という銘文が手縫いで施されていた。彼は暗殺された時,このコートと ‘Brooks Brothers’ のスーツを着用していた。
南北戦争中,兵士の制服を供給していた ‘Brooks Brothers’ は,粗悪な(shoddy)製造方法だと非難された。ニューヨーク州からニューヨーク義勇軍の制服供給契約を受け,‘Brooks Brothers’ は,裂けて,時には朽ちかけたぼろ布(decaying rags)を糊付けして(glued)縫い合わせ,制服を作り上げた。雨でばらばらになり(fall apart),他の連隊から嘲笑(ridicule)の的となった。
ジェームズ・マレー(1879年から1915年に亡くなるまでオックスフォード英語辞典の初代編纂者を務めた)によると,‘Brooks Brothers’ は “shoddy” という単語を米国で使うことをもたらしたと言われている。
20th century
ブルックス家の最後の経営者はウィンスロップ・ホリー・ブルックス(Winthrop Holley Brooks)で,1935年から1946年に売却されるまで会社を率い,その後ジュリアス・ガーフィンケル社(Julius Garfinckel & Co.)に買収された。買収後もウィンスロップ・ブルックスは名目上の長(figurehead)として会社に残ったが,ジョン・C・ウッド(John C. Wood)が ‘Brooks Brothers’ の取締役に就任した。
その直前,ウッドはダンバートン・オークス会議(Dumbarton Oaks Conference)の書類配達員を務めていた。ウッドのリーダーシップの下,‘Brooks Brothers’ はより伝統的なスタイルへと向かった。ウッドは 「保守的だと言われるが,我々のスタイルには奇抜さ(bizarre)が欠けているだけだと考えている。我々は,男性が着るべきものを扱っているのであって,一部の女性が考えるようなものを扱っているのではない。」と語っている。1915年,同社はニューヨークのマディソン街346番地に、後に旗艦店兼本社をオープンした。
20世紀の大半,‘Brooks Brothers’ の子会社である ‘the Brooks Costume Company’ は,‘the Ringling Bros - Barnum & Bailey Circus’ に衣装を提供していた。
1971年までに,‘Brooks Brothers’ はマンハッタン,シカゴ,ボストン,サンフランシスコ,ピッツバーグ,ロサンゼルス,アトランタ,ワシントンD.C.,セントルイスに11店舗を展開し,小売コングロマリットである ‘Garfinckel, Brooks Brothers, Miller & Rhoads, Inc.’ の傘下に入った。同社は1981年に ‘Allied Stores’ に買収されるまで,‘Brooks Brothers’ を傘下に収めていた。
ラルフ・ローレンは,‘the Brooks Brothers Madison Avenue store’ で販売員としてキャリアをスタートさせた。後に ‘Brooks Brothers’ オリジナルの ‘polo button-down collar shirt’ の権利保持を求めて,‘Polo Ralph Lauren’ を提訴した。
‘Brooks Brothers’ は1988年にイギリスの ‘Marks & Spencer’ に買収された。1990年代半ば,同社幹部はブランドの象徴である ‘Golden Fleece’ のロゴを コットン・ニット・ポロシャツから削除したが,後に復活した。
1998年,‘Brooks Brothers’ は公式ウェブサイトを立ち上げた。
21st century
2001年,‘Marks & Spencer’ は ‘Brooks Brothers’ を ‘Retail Brand Alliance (RBA)’ に売却した。RBAは現在,イタリアの億万長者クラウディオ・デル・ヴェッキオ(Claudio Del Vecchio,‘Luxottica’ 創業者 レオナルド・デル・ヴェッキオの息子)が所有する ‘The Brooks Brothers Group’ である。RBAは ‘Brooks Brothers’ に加え,百貨店や専門店向けのジュエリー・デザイナー,キャロリー(Carolee)を傘下に収めていた。2007年,RBAは高級婦人服ブランド ‘Adrienne Vittadini’ を売却した。
2007年9月,‘Brooks Brothers’ の当時のCEO,クラウディオ・デル・ヴェッキオは,‘Black Fleece’ と名付けられた高級メンズ,レディース・ウェア・コレクションを発表した。デル・ヴェッキオは,この新コレクションの第一弾スター・ゲスト・デザイナーとして,ニューヨークのメンズウェア・デザイナー,トム・ブラウンを起用することを発表した。
‘Black Fleece’ は批評的にも商業的にも非常に成功したため,‘Brooks Brothers’ は2008 年の冬にブリーカー・ストリートに ‘Black Fleece’ の単独ブティックをオープンした。しかし,このラインはサイズ範囲がわかりにくい (サイズ “BB 0” など) ため,2015 年に廃止された。‘Brooks Brothers’ は次に,アジア人の顧客向けの衣料品ラインをリリースした。
2008年,‘Brooks Brothers’ はマディソン街346番地の旗艦店の大規模な改装に着手した。2009年1月,‘Brooks Brothers’ はマンハッタンの5番街と53丁目の交差点にあった小規模店舗を閉鎖した。
2010年4月,‘Brooks Brothers’ は寝具,バスタオル,リビング・ルームの装飾品,エンターテイメント・アクセサリーを含む高級ホーム・ファニシング・ラインを立ち上げた。
2015年現在,‘Brooks Brothers’ は米国に210店舗,オーストラリア,インド,香港,台湾,韓国,日本,中国,フランス,スペイン,英国,チリ,カナダ,パナマ,イタリア,フィリピン,ポーランド,メキシコ,UAE,ペルー,シンガポール,スイス,インドネシア,マレーシア,ギリシャ,ベトナムなど,その他の国にも70店舗を展開している。
衣料品の大部分は輸入品だったが,スーツ,スポーツ・コート,シャツ,アクセサリーの一部は米国で製造されていた。‘Brooks Brothers’ のミッド・レンジ(mid-range)向け “1818” ラインのスーツの多くは,マサチューセッツ州ヘイバーヒル(Haverhill)にある ‘Brooks Brothers’ のサウスウィック工場(Southwick plant)で製造されていた。‘Brooks Brothers’ のネクタイのシルクはすべて英国またはイタリアで織られ,現在もニューヨーク州ロング・アイランド・シティにある ‘Brooks Brothers’ のネクタイ工場で “cut and piled” 加工されている。
‘Brooks Brothers’ は,紳士淑女のためのエチケットとマナーに関する書籍シリーズも出版していた。‘the Garland Shirt Company’ は,‘Brooks Brothers’ の象徴的な “twill button-down oxford” を製造していた。高級ブランドである “Golden Fleece” ラインは,米国で仕立てられたスーツを特徴としている。
2017年から2019年にかけて,ビジネス・ファッションのカジュアル化とオンライン競争の激化により,売上高は約10億ドルで停滞した(stagnated)。2020年5月,‘Brooks Brothers’ が買収先を探していると報じられた。また,同社が破産申請を検討していることを示唆する報道もあった。
6月,同社は米国にある3つの工場の閉鎖を提案した。これは「‘Made in America’ にこだわってきた(hung their hat on)ブランドにとって,思い切った動き」だった。マサチューセッツ州の工場買収を担当したデル・ベッキオは当時,米国工場は利益を上げておらず,同社の負債は3億ドル未満であると述べていた。
2020年7月8日,同社は主にCOVID-19パンデミックによる経済的影響を理由に,連邦破産法第11章の適用を申請すると報じられた。‘Brooks Brothers’ は,北米にある250店舗のうち51店舗を閉鎖する計画だった。閉鎖対象には,再開されなかったマディソン・アベニューの旗艦店も含まれていた。在庫は他の場所に移され,建物は翌年売りに出された。
2020年9月,‘Brooks Brothers’ は,‘Authentic Brands Group’ と ‘Simon Property Group’ の合弁会社に買収された。新オーナーは,米国および世界各地で少なくとも125店舗の ‘Brooks Brothers’ の店舗運営を継続することを約束した(COVID-19パンデミック以前の世界424店舗から減少)。この取引は2020年9月に完了した。ケン・オオハシ(Ken Ohashi)が同年9月に社長兼最高経営責任者(CEO)に就任した。
2020年12月1日,デザイナーのマイケル・バスティアン(Michael Bastian)がブランドのクリエイティブ・ディレクターに任命された。2023年後半には,手頃な価格の新しいライン “B by Brooks Brothers” が発表され,‘Macy's’ で販売された。
2024年4月24日,カナダで ‘Brooks Brothers’ 店舗を運営する ‘Ted Baker Canada’ は,カナダで債権者保護を申請し,米国で連邦破産法第15章の適用を申請した。同社は,‘Authentic Brands Group’ の運営サプライヤーの支払い不履行が原因であると主張した。その結果,カナダにおける ‘Brooks Brothers’ の店舗はすべて閉店することが発表された。
2025年5月,‘Brooks Brothers’ は,1818年ロウアー・マンハッタン地区の最初の店舗がオープンしたキャサリン通りとチェリー通りの交差点に,新たな旗艦店をオープンさせた。ブロードウェイ195番地に位置する、1万平方フィート(約900平方メートル)の2階建て新旗艦店には,創業者ヘンリー・サンズ・ブルックスが愛用していた眼鏡や,エイブラハム・リンカーンが就任式で着用したコートのレプリカなど,‘Brooks Brothers’ の歴史的なアイテムが展示されている。
Innovations
‘Brooks Brothers’ は,米国紳士服業界のリーダーとして,その歴史を通じて米国市場に数々の革新的な衣料品をもたらした。
・‘Brooks Brothers’は,1849年以降,既製服市場をほぼ創造した。
・1896年,ヘンリー・サンズ・ブルックスの孫であるジョン・E・ブルックスは,英国のポロ選手が着用しているのを見て,ドレス・シャツに “button-down collars” を採用した。
・英国の “foulard ties”(フラール生地のタイ)は,フランシス・G・ロイドが社長に就任する前の1890年代に導入された。
・アイビー・リーグ・スタイルの定番(staple)となった米国の “sack suit”(三つボタン 段返り,脇ダーツなし)は,1895年に ‘Brooks Brothers’ によって導入された。
・‘Brooks Brothers’ は,チャコール・グレーのスーツと合わせた「ピンク」をメンズ・ドレス・シャツの色として普及させた。
・“shetland sweater” (1904年 発売)
・“Harris Tweed” (1909年ファッション市場に投入)
・“polo coat” (1910年 発売)
・インドの “Madras”(生地),1902年 ‘Brooks Brothers’ によって一般化。
・“Argyles socks” :1957年,‘Brooks Brothers’ は米国の小売業者として初めて,男性用を製造。
・軽量サマー・スーツ:“cotton corduroy” と “seersucker” を使用した軽量サマー・スーツは,1930年代初頭に ‘Brooks Brothers’ によって初めて発表された。
・“Wash-and-wear shirts”:1953年,‘Brooks Brothers’ は,ルース・R・ベネリトが発明したダクロン,ポリエステル,コットンの混紡素材を使用した「ウォッシュ・アンド・ウェア」シャツの製造に着手し,“Brooksweave”と名付けた。
・“Non-iron 100% cotton dress shirt” (1998年 発売)
‘Brooks Brothers’ は1865年から2003年の間,既製の黒いスーツを製造していなかった。長年にわたり,黒いスーツを製造しなかった理由は,エイブラハム・リンカーンが暗殺された際に ‘Brooks Brothers’ から贈られた特注の黒いフロック・コートを着用していた大統領への敬意を表したためだという通説が流布していた。この方針が,男性が日中に黒いスーツを着用するのは使用人か,故人を偲ぶ場合のみとする,伝統的な米国のファッション・ルールの結果なのか,それとも理由なのかは明らかではない。
(以下の項,省略)
‘Notable customers’
‘Popular culture’
(転載了)
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