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2026年1月 8日 (木)

米国の “Naked imperialism”

The Guardian’,Jan.4,2026付け
Naked imperialism’: how Trump intervention in Venezuela is a return to form for the US
「『むき出しの帝国主義』:トランプのベネズエラ介入は,米国にとって どれほどの本来の姿への回帰か」
の見出し記事を 下記,拙訳・転載します。

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Most of the Americas have suffered from interference from their powerful northern neighbour – and are usually the worse off for it
南北アメリカ大陸の大半は,強大な北の隣国からの干渉に苦しめられてきた -そして,そのために往々にしてより深刻な打撃を受けている。

米国によるベネズエラへの爆撃(bombardment)とニコラス・マドゥロ大統領の拘束は,過去2世紀にわたる中南米およびカリブ海地域への介入(interventions)の長い歴史に続くものである。しかし同時に,南米諸国に対する米国の直接的な軍事攻撃は初めてであり,前例のない出来事でもある。

マドゥロ大統領拘束後の記者会見で,ドナルド・トランプは 「西半球(the western hemisphere)における米国の優位性(dominance)は二度と疑われることはないだろう。」と述べた。

しかし,19世紀半ば以降,米国は大陸近隣諸国に対し,経済的圧力だけでなく軍事的にも介入してきた。その介入は,数々の侵略,占領,そして現在の状況に最もよく似ているのは,1989年のパナマの独裁者マヌエル・ノリエガの拘束である。

ブラジル,チリ,アルゼンチンといった国々では,秘密裏に行われた(covert)軍事作戦が民主的に選出された政府の転覆(topple)や軍事独裁政権の樹立を促してきた(usher)が,公然とした(overt)米軍の軍事作戦は歴史的に,中米やカリブ海諸国といった近隣諸国に限られてきた。

南米諸国に対する米軍による初の直接攻撃は,「外交・防衛政策の大きな転換を示唆しており,これは数週間前にトランプ政権が発表した新たな国家安全保障戦略(national security strategy)にも明確に示されている。」と,リオデジャネイロ州立大学の国際関係学教授,マウリシオ・サントロは述べた。

この戦略は,この地域における米軍のプレゼンスの「拡大」を求めており,これはモンロー主義(1823年にジェームズ・モンロー大統領が提唱し,後に中南米における米軍支援による軍事クーデターを正当化するために利用された「米国人のための米国(America for Americans)」という外交政策)に対する「トランプ流の帰結(Trump corollary)」であるとサントロ氏は説明している。

土曜日の行動は過去の多くの作戦と 「一致(in line)」していたものの,「1989年以降,このようなことは一度もなかったため,衝撃的だ。」と,テンプル大学の歴史学教授で 『ラテン・アメリカ・カリブ海における米国の介入小史(A Short History of US Interventions in Latin America and the Caribbean)』の著者であるアラン・マクファーソンは述べた。
「ラテン・アメリカにおいて,米国が純粋な軍事力によって望む政治的成果(political outcomes)を得るという,この露骨な帝国主義の時代は21世紀には終わるだろうと思われていたかもしれないが,明らかにそうではない。」 と同氏は付け加えた。

この地域のほぼすべての国が,過去数十年間に,公然であれ秘密裏であれ(overt or covert),何らかの形で米国の介入を経験してきた。以下にその例をいくつか挙げる。

Mexico

元メキシコ領だったテキサスの併合(annexation)は国境紛争を引き起こし,それが米国のメキシコ侵攻へとつながり,1847年に米軍が首都メキシコ・シティを占領した。この戦争は,メキシコに領土の55%を割譲させる(cede)条約が1848年に調印されてようやく終結した。その地域は,現在のカリフォルニア州,ネバダ州,ユタ州,およびアリゾナ州,ニュー・メキシコ州,コロラド州,ワイオミング州の一部にあたる。

Cuba

1898年,米国はスペインからの独立戦争においてキューバを支援した。勝利後,米国はプエルト・リコの支配権を獲得し,協定によりグアンタナモ湾の恒久的な(perpetual)管理権が米海軍に付与される1902年までキューバを占領した。その後,米軍は1906年から1909年,そして再び1917年から1922年まで同島を占領した。1959年のフィデル・カストロによる革命後,CIA1961年のピッグス湾侵攻を支援したが,失敗に終わった。これは反乱(uprising)を誘発する試みだった。

Haiti

ハイチ国内の騒乱(unrest)によりハイチの指導者たちが度々打倒された後,米国は「国の安定」と米国のビジネス権益の保護を口実(pretext)に,1915年にハイチに侵攻し,1934年まで税関,財務省,国立銀行を掌握した。1959年,独裁者フランソワ・「パパ・ドク」・デュバリエ(François “Papa Doc” Duvalier)が反乱(rebellion)の脅威にさらされると,CIAは彼をフィデル・カストロのキューバ革命の影響を抑える同盟者とみなし,水面下で彼の生存を確保しようと活動した。

Brazil

最終的に介入することはなかったが,1964年に民主的に選出された左派大統領ジョアン・グラールを打倒した軍事クーデターに抵抗があった場合に備えて,米海軍の機動部隊がブラジル沖に介入する配置に就いた。1970年代には,CIAFBIは,後にコンドル作戦(Operation Condor)として知られるようになる反体制派(dissidents)の迫害(persecution)と暗殺(assassination)に関して,ブラジル,チリ,ルゼンチンなどの国の独裁政権(dictatorships)の抑圧装置(repressive apparatus)に直接助言した。

Panama

米国は,1903年にコロンビアからパナマが分離独立するに至った分離主義運動(separatist movement)を軍事的に支援し,独立後もこの中米の国に対する影響力を維持した。1989年,ジョージ・HW・ブッシュ大統領は,米国の裁判所で麻薬密売の罪で起訴されていた元CIAの側近で独裁者ノリエガを捕らえるため,約27000人の米軍部隊によるパナマ侵攻を命じた。

推定200人から500人の民間人と約300人のパナマ兵が死亡したこの攻撃の数時間後,米国は選挙で勝利宣言されたギジェルモ・エンダラを大統領に就任させた。

トランプは「適切な政権移行が行われるまで」ベネズエラは米国によって「運営(run)」されると述べているが,ベネズエラで同様の結果になるかどうかは依然として不明である。

マクファーソン(McPherson)は,この地域における米国の介入が 「平和,静穏(tranquillity),安定,そして民主主義」をもたらすことは「非常に稀」だと述べた。
「米国の介入は ほぼ必ず長期的な後継問題(problems of succession)を引き起こす。」と付け加えた。

(転載了)
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しかし,クラウドファンディングで ゴルゴ13 を雇おうか,などと物騒なことを考えてはいけません。

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