写真集 “TAKE IVY” は,1960年代のアイビー・リーガーの服装を記録したもので,1965年に当時の「婦人画報社」から発行され,価格は¥500でした。(参考:「週刊 平凡パンチ」は 当時 ¥50だった。)
48年後の2008年5月,米国のスタイル・ブロガー,マイケル・ウィリアムス(Michael Williams)が,“TAKE IVY” を スキャンして数十枚の写真を彼のウェブサイト “A Continuous Lean”(継続的な傾き)に掲示し,米国で “TAKE IVY” が 広く知られるようになりました。
さらに 2009年6月17日に,‘The New York Times’ の Fashion & Style欄に,‘The All-American Back From Japan’ というタイトルの,“TAKE IVY” の紹介記事が掲載され,この記事には 「“TAKE IVY” は 米国では常に希少で,ファッション関係者の貴重品(treasure)として eBayや 古本屋で 千ドルから数千ドル以上の値が付いている。」とありました。
そして,2010年,出版社 「パワーハウス(powerHouse)」が,復刻英語版 “TAKE IVY” を出版し,世界で 5万部売れ,‘neo-Ivy style Wave’ の先導的役割を果たしました。
この出版前に,またしても ‘The New York Times’ は,Fashion & Style,The Look(新書紹介?)で “TAKE IVY” を取り上げ,「・・・ online で 数千ドルで “TAKE IVY” が取引されていた。 ・・・ 来週からは 誰でも $24.95で “TAKE IVY” の ‘odd influence’(*何と訳すべきか?) を経験できるようになり ・・・ 」 などと紹介しました。
この 原本の高騰,英語復刻版の出版は ‘The New York Times’ の記事を引用して 朝日新聞で報道された記憶があります。
面白いのは この写真集は ‘VAN Jacket’ が企画した映画(ドキュメンタリ・フィルム)の 謂わば 副産物だったことです。
米国に行った映画撮影クルーは ‘VAN Jacket’ の社長 石津謙介の息子で企画部長だった 石津祥介を団長に 企画部員・くろすとしゆき,通訳兼コーディネーターとして米国に留学経験のある広報部員・長谷川元,4人の撮影クルーの計7人に,スティル写真撮影の為に カメラマンの林田昭慶を加えた8人のメンバーでした。
私は,2011年(定年延長期間) 東京出張の折り,立ち寄った ‘WINE LABEL for SHIPS’ 銀座店で,積んであった 英語版 “TAKE IVY” を見かけて購入しました。
(原本発行時の1965年は 勉学に勤しむ高校2年生で ファッションとは縁遠い生活をおくっていました。)
この “TAKE IVY” に関し,‘Ivy Style.com’ が March 11, 2026付けで “A Take Ivy Take” という どう訳すべきか分からないタイトルで 分析記事を掲載していました。
下記に 拙訳・転載します。
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A Take Ivy Take
By Daniel Covell
(ダニエルはウェスタン・ニューイングランド大学のスポーツ・マネジメント教授であり,‘Ivy Style’ の寄稿ライターでもある。)
米国人にとっての「日本人らしさ」と 日本人にとっての「米国人らしさ」という,異文化間の様々な解釈にはいつも面白さを感じてきた。こうした考察の多くは,米国の映画やテレビ番組から得たものである。
私のお気に入りの一つは,『ザ・シンプソンズ(The Simpsons)』シーズン10のあるエピソードで,シンプソン一家が日本へ旅行した際,ホーマーの浪費(profligacy)のせいで,マージは一家を地元のクイズ番組に出場(contestants)させ,米国のスプリングフィールドへ帰るための航空券を勝ち取ろうとする。
しかし,コンテストが始まる前に,司会者は一家に日本のクイズ番組はアメリカのものとは違うと警告する。「あなたの番組は知識に報いるが,我々は無知を罰する(We punish ignorance)。」と司会者は言う。ホーマーが「無知って何?(Ignor-what?)」と答えると,目の前のマイクから炎が噴き出し,すでに薄くなっていた(diminished)彼の生え際(hairline)を焦がし(singeing),スタジオの観客は大爆笑する(laugh heartily)。
家族は最終的に,活火山の噴火口にかかる老朽化した橋(rickety bridge)からチケットを回収すること(retrieving)で,帰りの切符を手に入れる。ネタバレ注意(Spoiler alert):溶岩(lava)の正体は,番組のスポンサーである大阪オレンジ・エイド社が製造したオレンジ・ドリンクだった。
米国の伝統や習慣に対する日本人の解釈という点では,我々アイビー・スタイル愛好家(Ivy Stylers)は、1965年に日本で出版された写真集 “Take Ivy” を,米国特有の現象を日本文化がどのように解釈したかを示す最も示唆に富み,かつ面白い例として挙げるだろう。この本は,写真研究,旅行記(travelogue),ファッション入門(fashion primer),文化民族誌(cultural ethnography)といった要素を兼ね備えている。
『ザ・シンプソンズ』 特有のドタバタ喜劇的な(slapstick)魅力や皮肉は欠けているが,石津祥介,くろすとしゆき,長谷川元による日本語の文章と,林田昭慶によるカラーおよびモノクロ写真で構成された “Take Ivy” は,1960年代半ばのキャンパスや都市におけるアイビー・スタイルを鮮やかに捉えた写真のタイム・カプセルであると同時に,著者たちがアイビー・スタイルの文化的慣習(cultural mores)と捉えたものの基本(nuts and bolts)を解説した入門書(primer)でもある。
もしこの本を見たことがないなら - 私が持っているのはブルックリンの ‘PowerHouse Books’ から2015年に出版された全英語版である - 写真とイラストではなく,すべて写真で構成された,日本のリサ・バーンバウムス(Lisa Birnbaums)が編纂した,9.5“×7.25” の光沢紙の「オフィシャル・プレッピー・ハンドブック(The Official Preppy Handbook:TOPH)」を想像してみてください。
TOPHと同様に,“Take Ivy” は愛好家(devotees)にも初心者(novices)にも便利なフィールド・ガイドとして役立つ。私の持っている版のカバー(dustjacket)には,「この本は,東京の流行の発信地である銀座の学生たちの間で,米国の影響を受けた ‘Ivy Style’ ファッションの爆発的な流行を引き起こした(set off)… “Take Ivy” は今や,この特別のスタイルの決定的な資料とみなされている。」と書かれている。復刻版の要約(summation)では,この本は「ファッションの歴史と未来に興味のある人にとって不可欠なアイテムである。」と締めくくられている。
2010年のその宣伝文句(blurb)は予言的(prophetic)だったことが証明された。先日終了したニューヨーク・ファッション・ウィークで,‘J. Press’ のスタッフは 2026年春のランウェイ・ショー全体を “Take Ivy” のクラシックな写真を中心に構成し,さらに同書の注目すべき写真を基にした新製品もいくつか発表した。その中には,袖に黒とオレンジのストライプが入った,プリンストン大学の卒業年度をプリントした白いTシャツの J. Press版も含まれていた。私はこれと同じ ‘Cornell 78’ と書かれた 七分袖(three-quarters sleeve)バージョンを持っている。それは妹がカユガ湖(Cayuga’s waters)のはるか上流で勉強したりホッケーをしたりしていた時に手に入れたものだった。
全140ページの本書は4つの章に分かれており,うち3章は写真がふんだんに掲載され,「大学生活(College Life)」,「大学ファッション(College Fashion)」,「アイビーの要素(Elements of ‘Ivy’)」と題されている。最後の章 ‘Take Ivy’ では,アイビー・リーグの名門8校(the Ancient Eight)のキャンパス事情(goings-on)に関する重要なデータと,著者の見解が紹介されている。
本書には,主要なスポーツ(ラクロス,ボート(crew),アメリカン・フットボール),好まれる音楽(デイヴ・ブルーベック,ポール・ウィンター,ブラザーズ・フォーなど - このリストは私には間違っている(way off)ように思える),愛用される自動車(MGや トライアンフなど),さらには著者らが「アイビー・リーグの住宅街(Ivy League neighborhoods)」と呼ぶ地域に関する地理解説まで含まれている。
著者らはここで,ニュー・イングランドの住民は「保守的で頑固(conservative and stubborn)」というステレオタイプで捉えられていると指摘している。「私の見方が間違っているかもしれないが」と著者は結論づけており,「それでも ニュー・イングランドの人々は,こうした評判をむしろ喜んでいるように思える」。
本書の最後の章では,「卒業とともに,待ちに待った輝かしい新生活がニューヨークで始まる… アイビー・リーガーが働き始めると,服装は劇的に変化する。もはや くたびれた綿のズボンとスニーカーで街を歩き回る(stroll around)ことは許されない。
代わりに,ダーク・スーツを着なければならず,もはや気ままな(carefree)学生のように振る舞うことはできなくなる。」と述べられている。浮世絵師・北斎による1831年の有名な木版画(woodcut)「神奈川沖浪裏(The Great Wave off Kanagawa)」を想起させながら(conjuring images),著者らは 「ニューヨークでの生活とは,アイビー・リーガーが 『それまでの繭に包まれた(cocooned)学生生活から解放され』,『現実世界』という荒波(raging waves)に容赦なく(mercilessly)放り込まれ,一人前の(full-fledged)アイビー・リーグ卒業生(Ivy league alumni)へと成長していくことを意味する。」と述べている。
この章の最後には,イェール大学の20項目からなる服装規定(Dress Code)や,メンズウェア誌から転載された ‘The Ivy Wardrobe Directory’ など,さらに役立つ情報が掲載されている。メンズ・ウェアのチェックリストには,必要なアイテムの数と,以下のような具体的な項目が記載されている。
・スーツ2着:「ダーク・カラーとライト・カラーのスーツを1着ずつ。素材は,ダーク・グレーまたはミディアム・グレーのヘリンボーン,ネイビーまたはオリーブ・グリーンのウーステッド(worsted),グレーのシャーク・スキンまたはフランネルから選択。」
・ネクタイ:推奨数は合計12本。レジメンタル・ストライプ - ウール素材の繊細な柄,シルク素材のクラシックな柄などから数本選択したレップ・タイ。黒のニット・タイは必須。すべてやや幅広のもの。
・靴4足:黒と茶色のコードバン(Cordovan)のプレーン・トゥまたはサドル・シューズ,クラシックなローファー,ボート・シューズまたはスニーカー,茶色のブーツ。
イェール大学の服装規定に関する記事では,このワードローブの項目をさらに詳しく解説し,どのように(hows),いつ(whens),どこで(wheres)に関して 服装の選び方に関して アドバイスを提供している。例えば、以下の通りである:
・第4条:デートやレストランに行く際は,スポーツ・ジャケットとネクタイを着用。
・第10条:最もポピュラーなセーターは,シェットランド・ウールのクルーネック・セーターであることを知っておく。
・第13条:オーソドックスなデザインのカーディガンを選ぶ。
・第19条:ペニー・ローファーはどんな場面にも履いていける。プレーン・トゥやウィング・チップのローファーも一足持っておくと役に立つ。定番の黒のローファーに加えて,ブラウンやタンのローファーも揃えておく。
他の多くの人が書いているように,そして私も同意だが,一見すると制約が多いように見えるこれらのガイドは,実際にはある程度の自由を与えてくれる。特に,イェール大学やその他のアイビー・リーグのキャンパスに,厳格な服装規定のある私立学校や寄宿学校(boarding schools)から来たわけではない人にとってはなおさらである。これらのガイドを入手して,この通りにすれば,規定は伝わり,すべて順調である。今後,どんな服を着るか心配する必要はない。大丈夫。
しかし,“Take Ivy” は,何と言っても写真集として有名である。林田氏のキャンパス写真は,主にダートマス(Dartmouth)大学とプリンストン(Princeton)大学で撮影されたもので,ブラウン(Brown)大学とイェール(Yale)大学の写真も数枚含まれている。まるで1960年代半ばの大学の卒業アルバム(yearbook)のような雰囲気で,チーム写真や卒業記念写真はない。
ファッションに焦点を当てたスナップ写真(candids)の合間(interspersed)には,キャンパスの雰囲気をありありと伝える写真が散りばめられている - 学内(intramural)ソフトボールの試合,図書館に並ぶカード目録の棚,そしてライド・ボード(ride board)(1980年以降生まれの方に対してー これはキャンパス内の掲示板で,休憩時間にキャンパス外へ出かける際に相乗りを探している人が,その旨を投稿する場所である)。
撮影時期は春学期末か秋学期初め頃である。木々や,そう ‘ivy’は葉を茂らせ(full leaf),草は高く青々と茂っている(high and lush)。出版年が1965年であることから,キャンパス訪問は1964年末か1965年初頭に行われたと推測でき,著者たちは,カウンターカルチャーであるヒッピー・スタイルの影響が本格的に現れる直前の,まさにアイビー・リーグの頂点(Ivy-est)とも言えるこれらのキャンパスで,アイビー・スタイルの絶頂期(high-water mark)を捉えるという,この上ない幸運に恵まれたと言えるだろう。
写真には,被写体の服装を簡潔に説明するキャプションが添えられており,多くの場合,その服装の適切性についての評価も含まれている。中には,より詳細なスタイル評価を提供しているものもある。
黒のローファーにふくらはぎ丈(mid-calf)の白いクルー・ソックス,ぴったりとした(snug)緑と黒のマドラスのショート・パンツ,そして黒のポロ・シャツを身に着け,颯爽と歩く(long-striding)学生の写真には,次のようなキャプションが添えられている:「バミューダ・ショーツを穿くだけでは,スタイリッシュに見えるとは限らない。颯爽(brisk)と自信に満ちた歩き方(strut)で,スタイルを完成させよう。」
他には,ダートマス大学の学生3人の写真の上に,ゼータ・サイ友愛会(Zeta Psi frat)の Tシャツ,オフ・ホワイトのチノパン,黒のロー・カットのチャック・テイラーのスニーカーを履いた一人は,「合理的な(rational-minded)アイビー・リーガーは授業のためにきちんとした身なりを気にしない。あまりみすぼらしく(shabby)なければ,カジュアルな服装でも許されると考えている。」と意見を述べている(opines)。
イェール大学の写真のほとんどは,ブロードウェイにあるキャンパス書店前で撮影されたもので,現在の ‘J. Press’の場所から少し離れた通りの向かい側にある。当時新築だったこの建物(edifice)は,エーロ・サーリネン(Eero Saarinen)が設計したもので,イェール大学のキャンパスに多く見られる(predominate)ゴシック建築とは一線を画すブルータリズム建築(brutalist)として注目に値する(noteworthy)。
キャンパス内の男子学生2人が並んで フル・ページのカラーで掲載された写真 ― 1人はスカッシュ・ラケットを手に,使い古した(battered)シングル・ギア自転車に飛び乗ろうとしている ― には,「オックスフォードのボタン・ダウン・シャツと インディアン・マドラス・バミューダ・ショーツの組み合わせより優れた服装が他にあるだろうか?靴下を履かずに靴を履いたり,シャツの裾を出したりするのは,学生がキャンパス内にいるからこそ見過ごせるのだ。」というキャプションが添えられている。
提示された問いに反論するのは難しいものの,キャプションにはある種の礼儀作法が暗示されているが,それは学生たちの服装の選択を左右する要因というよりは,むしろ著者の偏見によるものだろう。他のキャプションも同様のトーンで,時折り見られる断定的な表現(declaration)は翻訳の過程で何かが失われてしまったように思われる。
いくつかのキャプションでは,被写体のカジュアルな服装を表現するのに「粗野な(rough)」,「無作法な(uncouth)」といった言葉が使われている。本書の最終章で,著者らはこのアプローチを高く評価し,日本でも同様の現象が見られると述べている。
「米国のような華々しい(gloriously)近代国家にも,同じような傾向が見られることを知り,私は大いに喜んだ。穴の開いたセーターを誇らしげに着こなし,お気に入りのボロボロのスニーカーを履き,傘(bumbershoot)(そう,彼らの言葉遣い)をさしている学生もいた。傘はすっかり使い古されて透けて見えるほどだった… とはいえ,彼らは哀れで惨めな様子ではない。
むしろ,彼らはそのスタイルを自ら選び,楽しんでいるように見えた。」このように,著者らは OPH(32~33ページ)に概説されている金銭方針(monetary policies)に関する2つの基本原則(tenets)を明らかにした。1)「浪費(spendthrift)と倹約(parsimonious)を交互に行うこと。スコッチ・ウイスキーと上質な葉巻には惜しみなくお金を使うが,地下鉄の運賃は徒歩で節約する」,そして2)「修理,修復(restoration),再生(rehabilitation)の可能性をすべて尽くすまでは,買い替えないこと。何であれ,昔ほど良いものは作られていないのだから。」
大学教授として,著者らが当時の教授たちの服装について観察したことを読んだ時は,特に興味をそそられた(piqued)。「学生たちは大学生活の間,教授たちを社会人のあるべき姿の生きた手本として見ている。
教授たちはキャンパスを職場とみなしているため,ダーク・スーツかスポーツ・コートを着用するのが当然である。多くの年配の教授は,蝶ネクタイを合わせることで,伝統的でありながらも適切な装いを演出している … 一方で,マドラス・チェックの鮮やかな色のスポーツ・ジャケットを着た教授を見かけた。
もしかしたら,彼はこれから数年間の米国のキャンパス・ファッションのトレンド・セッターになるかもしれない。」 最後の行は,蝶ネクタイとマドラス・チェックのジャケットを授業に着ていく私にとって,実に心温まるものだった。それは,私たちが共有する学問的経験の重要性を伝えたいという気持ちと,大人で真面目なプロフェッショナルがどのように見えるべきかというメッセージを伝えたいという気持ちの両方があるから。
“Take Ivy” で最も印象的なのは写真だと多くの人が感じているが,本書の最終章 「カレッジ・ファッション(College Fashion)」に収められた著者らの告白も同じくらい心に響く。「日本人男性として,私は『キャンパス・ウェア』 やカレッジ・ファッションという概念を理解するのに苦労する。」
「それは,我々 日本人が制服着用という呪縛に縛られてきたからだ。日本の学生は何年も毎日,スタンド・カラーのジャケットを着ることを強いられている …… 今回の旅で,アイビー・リーガーの実に多様な,自然発生的な(spontaneous)ファッションに私たちは常に魅了された…… 学生たちは,一見無秩序に(disorderly)見える服装にもかかわらず,暗黙のドレスコードを忠実に守っているのだ。」
そして,学生たちはキャンパス内では概ねカジュアルな服装をしているが,「社会に出る」際にはより「普遍的に受け入れられているファッションの基準」に従うと述べている。 「考えてみれば」と著者らは要約する,「これはつまり,日本の学生には全く正反対の服装理論が適用されているということだ。日本の教育制度では,学生は生活を通して何を着るかを学ぶ機会を与えられていない。」
私にとって,本書の核心(crux)はまさにそこにあるように思える - アイビー・スタイルを構成する具体的な要素そのものへの興味ではなく,被写体たちがそれをどのように自分流に取り入れるかを自由に模索していたという事実への興味である。
前述の通り、実際には,本書に登場する多くの人物は,非常に厳格で具体的な服装規定(そして規定に違反した場合の罰則)のある学校に通っていた可能性が高く,何を着るべきか,何を着てもよいか,そしていつどこで着るべきかといった違いを熟知していた。ヨーロッパなどとは異なり,米国の大学制度は寮制のキャンパスという性質上,実験と自己表現のための場を提供していたのだ。
結局のところ,“Take Ivy” が私たちに示しているのは,文化の表現において衣服ほど力強いものは少なく,また,衣服ほど内外を問わず,これほど興味深い考察の対象は他にほとんどないだろう。しかし,ここまで読んでもなお,この本のタイトルが何を意味していたのか,疑問が残る。もしかしたら “take” という言葉に日本語で何か意味があるのかもしれないと思ったが,Googleで検索しても “take” は「竹」という日本語しか見つからなかった。
どうやらそうではないようだ。60年以上経った今でもこの本を象徴的な存在たらしめている数々の写真の ‘taking’ のことだろうか?それとも,文化が互いに影響を受け合い,独自の解釈を加え,そして新たな想像力でそれを還元していく様子を描いているのだろうか?
‘Ivy Style’ は英国からのファッションでそれを成し遂げた。日本でも同じように。 1986年に ‘J. Press’ を買収し,‘Ivy Style’ 小売業界における現在のトップ・ブランド(preeminence)へとブランドを復活させる上で重要な役割を果たしたのが日本の企業,樫山だったことを考えると,これは特に興味深い事実である。
1965年,3人のライターと1人の写真家が,‘Ivy Style’ の魅力(trapping)を探るため日本から米国へ旅立ち(made a pilgrimage),その調査結果を記録して帰国した。それから20年後,日本の企業がアメリカに進出し,‘Ivy Style’ の象徴を確固たるものにした(solidified)。まさに異文化交流の好例と言えるだろう。そして,我々 ‘Ivy Stylers’ にとって,この交流は大きな恩恵となっている。
(転載了)
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