トランプ著 “The Art of the Deal” の ゴーストライター,全てを語る
Wikipediaより-
『トランプ自伝 アメリカを変える男』(“Trump: The Art of the Deal”,1987)は,ドナルド・J・トランプと ジャーナリストのトニー・シュウォーツ(Tony Schwartz)が発表した書籍である。回想録とビジネス指南書の要素を備えた本書は初めてトランプ名義で出版された書籍であり,彼の知名度向上のきっかけのひとつとなった。本書は 『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラー・リストに48週ランクインし,そのうち13週で1位を獲得した。トランプは本書を自身の最も誇れる業績のひとつであり,聖書に次いで好きな本であると述べている。
シュウォーツは本書を執筆したことを 「間違いなく生涯で最大の後悔」であると述べ,彼と出版者のハワード・カミンスキーの両者はトランプが本書の執筆の実作業には関与していなかったと主張した。トランプは個人的に著者問題について相反する説明をしている。
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‘THE NEW YORKER’,July 18, 2016付けの
“Donald Trump’s Ghostwriter Tells All”
「ドナルド・トランプのゴーストライター,すべてを語る」
のタイトル記事を 下記,拙訳・転載します。
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(その 1) からの続き-
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シュウォーツはトランプについて,「彼は戦略的に嘘をついた。そのことについて全く良心がなかった。」と述べている。ほとんどの人は 「真実に縛られる」ため,トランプ氏の真実への無関心は 「彼に奇妙なアドバンテージを与えた」という。
シュウォーツによると,事実について問われると,トランプはしばしば主張を二転三転させ,同じことを繰り返し,攻撃的(belligerent)になる傾向があるという。この性質は最近,トランプが白人至上主義のウェブサイトから引用した六芒星を含むヒラリー・クリントンを侮辱する画像をツイッターに投稿した際に露呈した。選挙スタッフは この画像を削除したが,2日後,トランプは怒りを込めてこの画像を擁護し,反ユダヤ主義的な含意はないと主張した。シュウォーツによると,「トランプのうわべだけの虚栄心が問われる」たびに、彼は過剰反応する(overreacts) - これは国家元首として理想的な資質ではない。
シュウォーツは “The Art of the Deal” の執筆に着手した際,トランプと真実との曖昧な関係を,受け入れ可能な形で表現する必要があると悟った。そこで巧みな婉曲表現(euphemism)を編み出した。トランプの口調で書きながら,読者にこう説明した。「私は人々の幻想を操る……人々は何かが最大で,最高で,最も壮観だと信じたがる。私はそれを 『真実の誇張(hyperbole)』と呼ぶ。これは無邪気な誇張(exaggeration)であり,非常に効果的な宣伝方法だ」。シュウォーツは現在,この一節を否定している。「欺瞞(Deceit)は決して『無邪気』ではない」と彼は私に語った。さらに,「『真実の誇張(Truthful hyperbole)』というのは言葉の矛盾だ。『嘘だけど,誰が気にするんだ?』と言っているようなものだ」と付け加えた。トランプはこの表現が大好きだったという。
シュウォーツは日記の中で,本の中でトランプ氏の声を受け入れ可能なものにしようと試みた過程を記している。トランプのぶっきらぼうで断続的で,謝罪を一切しない話し方を真似しながら,彼を少年のような魅力で見せるのは,一種の「トリック」だったと彼は書いている。戦略の一つは,トランプがただオフィスで楽しんでいるだけのように見せることだった。「起こったことはどれもあまり深刻に受け止めないようにしている。」とトランプ氏は著書の中で述べている。「本当の興奮は,ゲームをすることにある。」
シュウォーツは日記にこう記している,「トランプは,私が忌み嫌う(abhor)多くのものを体現している:人を蹂躙しようとする姿勢,派手で(gaudy),安っぽく(tacky),とてつもない執着(obsessions),権力と金銭以外の何にも全く興味がない点だ」。今,その文章を読み返しながら,シュウォーツは 「実際のトランプよりもはるかに魅力的な(winning)人物像を作り上げてしまった。」と語る。その一例が,本書の冒頭の一行だ。「私は金のためにやっているのではない(I don’t do it for the money)」とトランプは宣言する。
「私には十分な,必要以上に多くのものがある。私はそれをするためにやっている。取引は私の芸術だ。他の人はキャンバスに美しい絵を描いたり、素晴らしい詩を書いたりする。私は取引,できれば大きな取引をするのが好き。それが私の喜びなのだ」。シュウォーツは今,トランプを献身的な職人として描いたこの描写を笑う。「もちろん,彼は金のためにやっている。」と彼は言った。 「彼の最も深く根源的な欲求の一つは,『俺の方がお前より金持ちだ。』ということを証明することだ。」
取引を成立させることが詩の一形態であるという考えについて,シュウォーツは「彼はそんなことは言えなかった - 彼の語彙にさえ存在しない。」と語る。彼は,トランプを突き動かすのは純粋な取引への愛ではなく,「金,賞賛,そして名声」への飽くなき渇望だと考えていた。トランプと一日を過ごし,サーカス芸人が皿を回すように,莫大な費用がかかるプロジェクトを次々と積み上げていく様子を見守ったシュウォーツは,家に帰って妻に「彼は生きたブラック・ホールだ!」とよく言ったものだ。
シュウォーツは,自分が金をもらっているのはトランプの物語を伝えるためであり,自分の物語を伝えるためではないことを自分に言い聞かせていたが,プロジェクトに取り組むほどに,そのことが彼を不安にさせた。日記の中で,彼はトランプと過ごした時間を「疲れ果て(draining)」,「麻痺する(deadening)」ものだったと記している。シュウォーツは,トランプの,注目への欲求は「完全に強迫観念的」であり,大統領選への挑戦もその一部だと語った。「彼は40年間,注目を浴び続けることに成功してきた。」とシュウォーツは語った。タブロイド紙の巨人として数十年を過ごした彼には,「残された道は大統領選への出馬だけだった。世界の皇帝に立候補できるなら,そうするだろう。」
シュウォーツの “The Art of the Deal” における修辞的な(rhetorically)狙いは,各章でトランプをヒーローとして描くことだった。しかし,トランプの「素晴らしい」とされる取引のいくつかを検証した結果,シュウォーツはトランプを良く見せる術がないケースもあると結論づけた。そのため,彼はトランプに不利な出来事や詳細は省いた。「調査するのは私の仕事だとは思っていなかった。」と彼は言う。
シュウォーツはまた,一部の取引に漂っていた縁故主義(cronyism)の強い匂いを避けようともした。1986年の日記の中で,トランプの最初の成功の一つ,1975年にグランド・セントラル駅に隣接する旧コモドール・ホテル跡地にグランド・ハイアット・ホテルの開発に着手した件について、「全力を尽くして」書くことがいかに困難であったかを述べている。ホテル建設資金を確保するために、トランプは極めて大規模な減税措置を必要としていた。当時,開発業者に減税措置を与える権限を持つ機関の責任者だったリチャード・ラヴィッチ(Richard Ravitch)は,減税措置の付与を拒否した際,トランプが 「あまりにも不機嫌になり,出て行けと言わざるを得なかった」と回想している。
トランプが減税措置を受けたのは,主に市当局がクイーンズで大手不動産開発業者を営んでいた父親のフレッド・トランプから長年にわたり寄付を受けていたためである。 1991年に出版された決定版とも言える著書 “Trump: The Deals and the Downfall” の執筆にヴォイス・ニュースの取材記事を寄稿したウェイン・バレットは,「減額措置を生み出したのは,すべてフレッドの政治的コネだった」と述べている。さらにトランプは,この計画に関して市から独占的なオプション権を得ているとライバルたちに信じ込ませたが,実際にはそうではなかった。また,トランプは取引のパートナーであるハイアット・ホテル・チェーンのジェイ・プリツカー(Jay Pritzker)CEOを欺いた。
プリツカーはトランプが提示した不利な条件を拒否したが,契約締結時にトランプは,プリツカーがネパールの山中にいて連絡が取れないことを承知の上で,それを強引に押し通した。シュウォーツは日記に,ホテル取引の「ほぼすべて」に「不道徳な側面」があったと記している。しかし,ゴーストライターとして,彼は「非難されるべき(reprehensible)ではないとしても,少なくとも道徳的に疑問のある(morally questionable)」行為を「何とかしようと必死だった(trying hard to find my way around)」。
トランプがシュウォーツに語った数々の作り話(tall tales)には,核心的な(kernel)真実が含まれていたが,トランプを実際よりも賢く見せかけていた。トランプのお気に入りの逸話の一つは,ホリデー・インのオーナー企業を騙してアトランティック・シティのカジノのパートナーになったという話だった。トランプは,建設監督者に自分の所有する空き地を「世界史上最も活発な建設現場」のように見せるよう指示することで、建設の遅延に対する幹部たちの懸念を和らげた(quieted)と主張した。
トランプが著書 “The Art of the Deal” で語っているように,ホリデー・インの幹部が現場を訪れた際,多数のダンプカーやブルドーザーが土砂をかき混ぜ,掘ったばかりの穴を埋めていたため,「まるでグランド・クーリー・ダムの建設工事の真っ最中かのようだった」という。この策略(stunt)が取引成立の原動力になったとトランプは主張した。しかし,著書の出版後,トランプのカジノのコンサルタントで,現在は故人のアル・グラスゴー(Al Glasgow)はシュウォーツに 「そんなことはなかった」と語った。トラックは 1台か 2台あったかもしれないが,それを素晴らしい物語にするほどの車両はなかった。
シュウォーツはトランプの威勢のよさ(swagger)をいくらか抑えた(tamped down)が,それでもなお,その威勢のよさは健在だった。‘Random House’ が出版した原稿は,見方によっては,面白く洞察に満ちたもの(insightful)にも,恥知らずなほど自己顕示的なもの(self-aggrandizing)にもなり得た。トランプのアトランティック・シティのホテルで頻繁にボクシング(prizefights)観戦に訪れていたノーマン・メイラー(Norman Mailer)のタイトルを借りれば,この本は「私自身への広告(Advertisements for Myself)」とも言えただろう。
2005年,受賞歴のあるジャーナリストで,現在 ‘Bloomberg View’ の編集長を務めるティモシー・L・オブライエン(Timothy L. O’Brien)は,綿密な(meticulous)調査に基づく伝記 “Trump Nation” を出版した(トランプは名誉毀損(libel)で彼を訴えたが,敗訴した)。オブライエンは “The Art of the Deal” を精読し,これは 「ノンフィクションのフィクション作品(nonfiction work of fiction)」と形容するのが最も適切かもしれないと私に語った。シュウォーツが語るトランプの人生は,1983年に低迷していたアメリカン・フットボール・リーグのニュー・ジャージー・ジェネラルズを買収するという失敗作(disastrous)など,いくつかの挫折(setbacks)を正直に描いている。しかしオブライエンは,トランプがこの本を使って,私生活と仕事の両方における人生のほぼすべての出来事を「輝かしい物語(glittering fable)」に変えたと考えている。
“The Art of the Deal” に出てくる虚偽の中には,些細なものもある。‘Spy’ は,イヴァナが 「トップモデル」であり,チェコ・オリンピックのスキー・チームの補欠選手だったというトランプ氏の主張を覆した(upended)。バレット(Barrett)は,“The Art of the Deal” の中で,トランプが父親をスウェーデン人の両親のもと ニュー・ジャージー州で生まれたとしているが,実際にはドイツ人の両親のもとブロンクスで生まれた,と指摘した。(数十年後,トランプはオバマの出自について 大統領はアフリカ生まれの可能性があるという虚偽を広めた。)
“The Art of the Deal” の中で,トランプは自身を 多くのファンを抱える温厚な家庭人として描いている。彼はイヴァナのセンスと ビジネス・スキルを称賛し,「イヴァナに賭けることはできないと言ったが,彼女は私の考えが正しかったことを証明してくれた。」と述べている。しかし,シュウォーツは トランプとイヴァナの間に温かさやコミュニケーションがほとんど見られなかったことに気づき,後に “The Art of the Deal” の執筆中にトランプが 後に2番目の妻になったマーラ・メイプルズ(Marla Maples)と不倫関係になったことを知った。 (彼は1992年にイヴァナと離婚した。)シュウォーツの語った限り,トランプは家族と過ごす時間はほとんどなく,親しい友人もいなかった。
“The Art of the Deal” の中で,トランプは自身の個人弁護士であるロイ・コーン(Roy Cohn)について,非常に温かい言葉で描写し,「病院のベッドにいて…文字通り,死ぬまで傍らにいてくれるような男」と呼んでいる。1950年代にジョセフ・マッカーシー(Joseph McCarthy)上院議員の悪意ある(vicious)反共産主義運動を支援したコーンは,性同一性障害を隠していた(closeted)。エイズで重症を負った時,トランプに見捨てられたと感じ,「ドナルドが氷水を放尿する(Donald pisses ice water)。」と言った。シュウォーツはトランプについて,「彼は助けてくれる人には好意を抱き,助けてくれない人には敵対する。個人的な感情ではない。彼は取引を重視する(transactional)男で,相手が彼のために何ができるかが全てだった。」と述べている。
バレットによると,“The Art of the Deal” で最も誤解を招きやすい点の一つは,トランプが父フレッドからわずかな支援を受けるだけで,ほぼ独力で成功を収めたという点だ。バレットは著書の中で,トランプがかつて 「労働者階級の人間は,私は築き上げてきたものを相続したのではないと知っているからこそ,私を好んでいる。」と発言したことや,“The Art of the Deal” の中で裕福な相続人を「幸運な精子クラブ」のメンバーと揶揄していることを指摘している。
トランプが自らをホレイショ・アルジャー風(Horatio Alger figure)に描いたことは、2016年の彼のポピュリスト的支持を支えた(buttressed)。しかし,彼の出自は決して裕福なものではなかった(humble)。中所得者向け不動産の所有に基づくフレッド氏の財産は、華やかなものではなかったものの,相当な額だった:フレッド氏の死から数年後の2003年,トランプと兄弟姉妹は父の不動産保有資産の一部を5億ドルで売却したと報じられている。“The Art of the Deal” の中で,トランプは父親を 「私に最も大きな影響を与えた人物」としているが,父親から受けた最大の遺産は「タフさ」の大切さを教えられたことだと述べている。
シュウォーツによると,トランプはそれ以上に 「父親についてはほとんど語らなかった - 自らの成功が父親と何らかの関係があると思われたくなかったのだ。」という。しかし,バレットが調査したところ,父親が息子の経済的,政治的な成功に大きく貢献していた(instrumental)ことが判明した。著書の中でトランプは,29歳で実績のほとんどない自分がグランド・ハイアット・ホテルを買収できたのは 「私のエネルギーと熱意」のおかげだと述べている。しかしバレットによると,父親は買収に必要な多くの契約書に連署(co-sign)しなければならなかったという。
父親はまた,アトランティック・シティでカジノ・オーナーとして事業を始めるためにトランプに750万ドルを貸与した:ある時,トランプが他のローンの返済ができなくなったとき,父親は弁護士を派遣して300万ドル相当の賭博チップを買わせ,彼を乗り切らせようとした。バレットは私にこう語った。「ドナルド自身も賢明な判断を下した,特にトランプ・タワーの敷地確保は。あれはまさに天才的なひらめき(stroke of genius)だった。」 しかし,彼はこうも言った。「彼が自力で成功した(he’s a self-made man)なんていうのは冗談だ。しかし,あの本を “The Art of My Father’s Deals” と名付けるのはできなかったと思う。」
“The Art of the Deal” によって広められたもう一つの重要な神話は,トランプのビジネス直観(intuitions about business)がほぼ完璧(flawless)だったというものだ。「この本は,彼が失敗しないという思い込みを助長した。」とバレットは述べた。しかし,シュウォーツや世間一般は知らなかった(unbeknown)が,この本が出版された1987年後半までには,トランプはバレットが 「個人的かつ職業的に同時に自己破壊(simultaneous personal and professional self-destruction)」と呼ぶものへと突き進んでいた。
オブライエンも,その後数年間でトランプの人生が崩壊した(unravelled)ことに同意する。イヴァナとの離婚で2500万ドルの損失を被ったと伝えられている。一方,彼はオブライエンが 「手に負えないほどの負債をもたらす狂気の買い物狂い(crazy shopping spree)」と呼ぶものに耽っていた。彼はプラザホテルを購入し、さらにウェストサイドで購入した旧鉄道操車場跡地に「世界一高いビル」を建設する計画を立てていた。 1987年,市当局は彼の超高層ビル建設許可願いを却下したが,“The Art of the Deal” の中で,彼はこの失敗を 「待つ余裕はある」という一言で片付けている(brushed off)。オブライエンは 「実際には,彼には待つ余裕がなかった。
彼はメディアに対し,建設費用は300万ドルだと語っていたが,実際は2000万ドルほどだった。」と述べている。トランプはまた,アトランティック・シティに3つ目のカジノ 「タージ・マハル」を建設中で,「史上最大のカジノ」になると約束していた。ニューヨーク,ボストン,ワシントンD.C.を結ぶイースタン航空のシャトルバスを買収し,「トランプ・シャトル」と改名し,巨大ヨット 「トランプ・プリンセス」も購入した。「彼は完全に自己陶酔の渦に巻き込まれていた(He was on a total run of complete and utter self-absorption)。」 とバレットは言い,「今と似ている」と付け加えた。
シュウォーツは,著書執筆当時,「トランプの資産の大部分はカジノにあり,カジノは一つ一つが前よりも成功しているかのように書いていた。しかし,どのカジノも失敗していた。」と述べている。さらに,「彼はただ空回りしていた(spinning)だけだと思う。当時,そう彼が信じることができたとは思わない。彼は毎日何百万ドルも失っていた。きっと恐怖に震えていただろう。」と続けた。
1992年,ジャーナリストのデイビッド・ケイ・ジョンストン(David Cay Johnston)は,カジノに関する著書“Temples of Chance” を出版し,1990年の純資産報告書を引用して トランプの個人資産を評価した。それによると,トランプは債権者に対して,資産価値よりも約3億ドル多い負債を抱えていた。翌年,彼の会社は破産に追い込まれた - これは,後に続く6つの破産事件の最初の事例だった。トランプ流星が墜落した(The Trump meteor had crashed)。
しかし,オブライエンは “The Art of the Deal” の中で,「トランプは抜け目なく(shrewdly),臆面もなく(unabashedly),どんな状況でも常に最善を尽くせる比類なき(nonpareil)ディールメーカー,そして今や米国を不況(malaise)から救える(deliver)人物というイメージを作り上げていた。」と私に語った。リアリティ番組のプロデューサー,マーク・バーネット(Mark Burnett)が “The Art of the Deal” を読み,それを基にトランプを主演とする新番組 “The Apprentice” を制作することを決めたことで,この理想化された姿は飛躍的に(exponentially)多くの視聴者に届けられたとオブライエンは指摘する。
2004年に初放送された(premièred)この番組の最初のシーズンは,リムジンの後部座席に座るトランプが「私はディールの芸術を極め,トランプという名前を最高級の(the highest-quality)ブランドに変えた。」と豪語する(boasting)シーンで始まる。本の表紙が画面に映し出され,トランプは「師匠(master)」として弟子(apprentice)を探していると説明する。オブライエンは,「“The Apprentice” は,神話創造の極み(mythmaking on steroids)である。本から 番組,そして2016年の選挙キャンペーンまで,すべてが一直線に繋がっている。」と語った。
シュウォーツが “The Art of the Deal” を執筆するのに1年余りを要した。1987年の春,彼は原稿をトランプに送り,トランプはすぐに原稿を返送してきた。太い(fat-tipped)マジック・マーカーで赤い線がいくつか引かれていたが,そのほとんどは,リー・アイアコッカ(Lee Iacocca)など,トランプがもはや怒らせたくない権力者(powerful individuals)に対する批判を消したものだった。シュウォーツによると,それ以外はほとんど何も変えなかったという。
トランプとの電話インタビューで,彼は当初シュウォーツについて 「トニーはとても優秀だった。彼は共著者(co-author)だった。」と述べた。しかし,執筆過程に関するシュウォーツの説明を否定した。「彼は本を書かなかった。」とトランプは言った。「私が書いた。私が書いた。それは私の本だった。そして,それはベスト・セラー1位となり,史上最も売れたビジネス書(business books)の一つとなった。史上最も売れたビジネス書だと言う人もいる。」 (そうではない。)ランダム・ハウスの元社長ハワード・カミンスキー(Howard Kaminsky)は笑って言った。「トランプは我々に葉書を書いたことがない!」
トランプは本の宣伝に非常に熱心に取り組んだ。書店を口説き(wooed),次々とテレビに出演した。本の印税の一部を慈善団体に寄付することを公約した。ニュー・ハンプシャー州にもサプライズで訪れ,大統領選への出馬の可能性を示唆してさらなる宣伝効果を狙った。
1987年12月,本の出版から1ヶ月後,トランプはトランプ・タワーのピンク色の大理石のアトリウムで豪華な(extravagant)ブック・パーティーを開催した。建物の外にはクリーグ・ライト(Klieg lights)がレッド・カーペットを照らした。建物内では,ブラック・タイの1000人近くのゲストにシャンパンが振る舞われ,赤い線香花火を振り回す女性たちのパレードによって運び込まれたトランプ・タワーを模した巨大なケーキのスライスが振る舞われた。
ボクシングのプロモーター,ドン・キング(Don King)は床まで届くミンクのコートを着て群衆に挨拶し,コメディアンのジャッキー・メイソン(Jackie Mason)は 「王様と女王様の登場です!」 とドナルドとイヴァナを紹介した。トランプは 少なくとも金儲けの方法を教えようとしたとからかうように言いながらシュウォーツに乾杯した。
翌日,シュウォーツはトランプと電話で話し,さらに教育を受けた。パーティーについて少し話した後,トランプはゴーストライターとして,6桁に上るイベント費用の半額をシュウォーツに支払う必要があると告げた。シュウォーツは唖然とした(dumbfounded)。「二流セレブ900人を接待した費用を私に折半しろと言うのか?」シュウォーツは 実際,トランプを観察していくつかのことを学んでいた。
彼は 数千ドルまで大幅に値下げして支払いに同意し,その後,トランプではなくシュウォーツが選んだ慈善団体に小切手を切ることを約束する手紙をトランプ氏に送った。これはトランプの常套手段(page out of Trump’s playbook)だった。過去7年間,トランプは慈善団体に数百万ドルを寄付すると約束してきたが,ワシントン・ポスト紙の記者たちは,実際に記録された寄付金はわずか1万ドルにとどまり,“The Art of the Deal” で得た金を慈善事業に寄付したという直接的な証拠を見つけることはなかった。
パーティー費用の議論から間もなく,トランプはシュウォーツに続編の執筆を持ちかけた。当時,トランプは7桁の契約金を提示されていた。しかし今回は,シュウォーツに提示したのは利益の3分の1だけだった。トランプは 契約金がはるかに高額なため,報酬も高額になるだろうと指摘したのだった。しかし,シュウォーツは断った。深い疎外感(alienated)を感じたシュウォーツは,代わりに人生の意味を探る “What Really Matters” (2012) という本を執筆した。トランプと仕事をした後,シュウォーツは 「むしばまれるような空虚感(gnawing emptiness)」を感じ,「探求者(seeker)」となり,「時代を超越した,より本質的で,より現実的な何かと繋がりたい」と切望するようになったとシュウォーツは記している。
シュウォーツは私に,2016年の “The Art of the Deal” の売上による印税の全額を,厳選した慈善団体である全米移民法律センター,ヒューマン・ライツ・ウォッチ,拷問被害者センター,全米移民フォーラム,そしてタヒリ・ジャスティス・センター(Tahirih Justice Center)に寄付する(pledge)ことを決めたと語った。彼は,この行為が自分を免罪する(absolves)とは思っていない。「この罪は一生背負っていくだろう。」と彼は言った。「正す(righting)ことはできない。しかし,‘The Art of the Deal’ が売れれば売れるほど,トランプが権利を侵害(abridge)しようとしている人々に寄付できるお金が増えるという考えは気に入っている。」
シュウォーツは,彼の発言でトランプが攻撃してくると予想しており,そして その予想は正しかった。シュウォーツが自身を批判し,トランプに投票しない意向を表明したことを知らされたトランプは,「きっと宣伝のためだろう。」と言い放ち,さらに,「オウ,大変な背信行為だ,トニーを金持ちにしたのは私なのに。彼は私に多大な恩義がある。彼がほとんど金を持ってない(didn’t have two cents in his pocket)時に,私は彼を助けた。大変な背信行為だ。彼はそれが自分に良いことと思っているのだろうが,いずれ自分の利益にならないと気づくだろう。」とも言った。
トランプが私との電話を切って数分後,シュウォーツの携帯電話が鳴った。「私に投票しないって聞いた。」とトランプは言った。「ついさっき ‘The New Yorker’ と話したばかりだ。ちなみに,‘The New Yorker’ は誰も読んでいない,売れない(failing)雑誌だ。君が私を批判していると聞いた。」
「あなたは大統領選に出馬しようとしているそうだね。」とシュウォーツは言った。 「あなたの言うことには大部分賛同できない。」
「それは君の権利だ,しかし,だったら黙っていればよかった。君は実に不誠実だと思う。私がいなければ,今の君はいない。誰に本を書いてもらうか,私には多くの選択肢があって 君を選んだ。そして,私は 君にとても寛大だった。君が “The Art of the Deal” を使ったスピーチや講演をたくさんしていたことは知っている。君を訴えることもできたが,そうしなかった。」
「私のビジネスは “The Art of the Deal” とは何の関係もない。」
「そうは聞いていない。」
「あなたは アメリカ大統領選に出馬している。これは大きな賭けだ。」
「ああ,そうだな。」と彼は言った。「良い人生を。」 トランプは電話を切った。
シュウォーツは トランプが傷ついた気持ちは理解できるものの,手遅れになる前に声を上げなければならないと感じていた。トランプの 自分に対する怒りについては,「個人的な感情として受け止めていない。なぜなら,実際には彼は個人的な感情でそうしたわけではないから。トランプの世界では,人々は重要ではなく(dispensable),使い捨て(disposable)なのだ。」と述べた。もしトランプが大統領に選出されれば,「彼に投票し,彼が自分たちの利益を代表してくれると信じていた何百万人もの人々は,彼と親しい関係にある人なら誰もが知っていること,つまり,彼が自分たちのことを全く気にかけていないことを知ることになるだろう。」 と警告した。
(転載了)
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