カテゴリー「書籍・雑誌」の53件の投稿

2019年7月 3日 (水)

気が付かなかった,「井上陽水英訳詞集」が出版されていた。

ロバート・キャンベル著「井上陽水英訳詞集」(講談社 5月16日 発行)が 6月29日,朝日新聞の読書欄で紹介されていました。

Article

不覚でした。この本の存在を知りませんでした。

2,916円の値段の高さは勿論ですが,身の回りの品を増やさぬよう心掛けているので 図書館で借りて読まねばなりません。
遅まきながら,7月1日に図書館に行って調べると,まだ購入はしてないが,購入リクエストがあって注文中,さらに貸し出し予約も入っているとのこと,手にするのは早くとも 1ヶ月はかかりそうです。

陽水の 主語のない(日本語では普通),前後の関連性不明の,よく分らない,論理的とは言えない日本語の歌詞が どのような英語になっているのか楽しみです。
「『翻訳は基本的に原作に隷属すべき』であり,事象を足したり引いたりせず,取りこぼしを少なく、という著者の潔さが印象的だ。」と書評にあり,足さずして どのように英訳に成り得るのか,近世文学から明治期文学を専門とする日本文学者 ロバート・キャンベルさんの腕前(?)に興味があります。
上記とは 無関係ですが,7月2日に気になったことー

「とくダネ!」で 山口県周南市の公園で増え続ける危険な野犬問題を報じた後,小倉智昭さんが 「犬に餌をあげるのは ・・・ 」と言いました。
私より一つ歳上の 72歳にして 元(?)アナウンサーが,「犬に餌をあげる」はまずいでしょう,やるでしょう。
驚くとともに 少し がっかりしました。彼をしても時代の趨勢には逆らえない? あるいは,もう,アナウンサーではない? 元々,NHKのアナウンサーではない。

| | コメント (0)

2019年4月 5日 (金)

「伊丹十三選集 第三巻 日々是十三」 を読んだ,全三巻読了。

昨年(2018年)12月22日,呉市立図書館に 『伊丹十三選集』(岩波書店)の第一巻から 第三巻の購入依頼書を提出し,最終巻 2月19日発行の『伊丹十三選集 第三巻 日々是十三』 が入ったとの連絡が 3月29日にあって借りてきました。

Dsc_1806

Dsc_1805編者は 第一,二巻と同じく,松家仁之(小説家,編集者),中村好文(建築家),池内万平(伊丹十三の次男。伊丹プロダクション取締役 等)の三人です。

出典は 次のとおりと示しています。

A. 『再び女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
B. 『女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
C. 『ぼくの伯父さん』(つるとはな,2017年)
D. 『日本世間噺大系』(新潮文庫,2005年)
E. 『小説より奇なり』(文春文庫,1986年)
F. 『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』(文春文庫,1984年)
G. 『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫,2005年)
H. 『問いつめられたパパとママの本』(中公文庫,2011年)
I.  『快の打ち出の小槌』(朝日出版社,1980年)

目次はー

【青春】 pp.1-16,出典:A,B
【結婚】 pp. 17-62,出典:A,B,C, D
【子ども】pp.63-92,出典:D,C,E,F
【働く】 pp.93-164,出典:A,B,F,G
【育児】 pp.165-232,出典:C,D,F
【教育】 pp.233-272,出典:C,B,H
【心】 pp.273-366,出典:A,F,I
・編者解説:pp.369-383
・伊丹十三年譜:pp.385-389

Dsc_1807

Dsc_1808

 

 

 

 

 

 

 


この巻で 最も懐しいのは 高校2年生の時読んだ,1965年 第一刷 「ヨーロッパ退屈日記」出典の 「働く」の章の 「ロータス・エランのために」です。

伊丹一三(当時。“十三” に改名したのは1967年)は 映画「ロード・ジム」(‘Lord Jim’,1965)出演のカメラテストを受けるため 20日間ロンドンに滞在しました。
伊丹一三は この映画への出演が決まったら 「ロータス・エラン」を買うことを決めて日本を発ったのでした。
出演が決まらなければ 「ロータス・エラン」を買うことは 勿論できないし,ロンドンまでの旅費とロンドンでの滞在費 100万円以上が自腹となるという胃が痛む20日間を過ごし,出演決定後,雨のロンドンの街に「ロータス・エラン」を注文に出掛けたのでした。

そして カンボジアで ピーター・オトゥールと共演しー

Lord-jim

撮影が終わって 日本の 70mm上映館で 映画が公開される頃には,30歳代になったばかりの伊丹一三は 「ロータス・エラン」を 東京で乗り回していたのです。
写真家 浅井慎平さんが この車によく乗せてもらったと書いているのを読んだことがあります。
「ロータス・エラン」のエンジンは,初期は 1,500cc でしたが,これは後期の 1,600cc と思われます。
若き日の伊丹十三として よく見る(?)写真ですが,この車は 「ロード・ジム」の出演料で買ったものなのです。

Photo_1

第三巻の末尾には 3人の編者の1人である,伊丹十三の次男,池内万平氏による 「編者解説」が附されています。

その書き出しはー
伊丹さんが亡くなってから,早いものでもう二十年以上経ちます。
下北沢で一人暮らしをしていた二十二歳の冬の夜。家でお酒を飲んでいたところに,宮本さんからの電話で訃報を知らされ,そこからの二週間は怒涛のようにすぎていきました。」とあって,いくつかのエッセイに関連する,子供の頃の父親・十三とのやりとりなどが書かれています。
昨年12月から 2月にかけて出版された 「伊丹十三選集」全三巻(¥3,300/巻)を呉市立図書館に購入依頼して,購入してもらって借り出し,読了しました。

| | コメント (0)

2019年3月27日 (水)

「ターザン」を書いたバロウズを検索したら「世界SF全集」がヒットした。

図書館に本を返却に行ったとき,先日,TVで放映された「ターザン」映画を思い出し,「ターザン」シリーズの小説を書いた 「エドガー・ライス・バローズ」(‘Edgar Rice Burroughs’, 1875~ 1950)の本があるだろうかと 検索すると,「ターザン」小説はなく, 「世界SF全集 第31巻」がヒットし,借りてきました。

この早川書房の「世界SF全集」には 思い出があり,最初に発行されたのが 1968年(昭和43年)で,私が大学に入学した年です。
全35巻+別巻1 が1971年(昭和46年)にかけて発刊されました。
約50年前のことです。
学生だった私は この全巻を集めよう(買おう)と考えましたが,1巻 \1,200 は,当時 1日の食費: \300,間借り費 月 \4,500で生活していた私には負担が大きく,2,3巻買って 断念しました。

就職後,忘れたわけではありませんでしたが,生活が慌ただしくなって買うことも,読むこともありませんでした。

Dsc_1755Dsc_1764

 

借りた 第31巻 は 「世界のSF(短篇集)古典篇」でした。
図書館1Fの書架には置いておらず,4Fの書庫から出してもらいました。
約50年前のハードカバーは 相当 くたびれていて,今にもバラバラになりそうです。

Dsc_1758Dsc_1757_2

Dsc_1759全28篇が 四部に分けられて 掲載されています。

バローズ(バロウズ)の掲載されている作品は 「火星の月の下で」(‘Under the Moons of Mars’,1912)で,元南軍大尉,ジョン・カーターを主人公とする 「火星シリーズ」11作品の元になった,SF小説と言うより 冒険小説です。

突然,「主人公が 火星の黄色の苔の上で目を覚ます。」で,始まる話は,どのようにして火星に行ったかが明確ではありません。
「幽体離脱」で 「瞬間移動」というのは 舞台を火星にしたかったにしても 荒唐無稽です。

Under_the_moons_of_marsディズニー映画 『ジョン・カーター』(‘John Carter’,2012) の原作です。

他に,掲載されている興味深い作品として ジュール・ヴェルヌの 「2889年」(‘La Journée d'un journaliste américain en 2889’,「西暦2889年,アメリカのジャーナリストの一日」,1889)がありました。

Wikipediaには 「実際には息子のミシェル・ヴェルヌによって英語で書かれた “In the Year 2889” というタイトルの短編で,そのフランス語訳にジュールが加筆」となっています。
出版された 1889年の 1000年後を描いています。
何故 100年後ではなくて 1000年後なのか,やや不思議に思います。1,000年後なら とんでもないことを書いても 許されるだろう,あるいは,1,000年後まで この小説が残っていることはないだろう,というところでしょうか。

この 「世界SF全集」での掲載(1971年)が 初邦訳の作品です。

未来小説を書く SF作家は 生きている時代の人が読むことを ほぼ考えており,未来の人が読むことは あまり考えて書いてはいないでしょう。

因みに 発行された1889年には,ベルの電話,ダイムラーのガソリン自動車,エジソンの白熱灯は発明されていましたが,飛行機,無線電話,ラジオは存在していませんでした。

この小説の中に書かれて,小説発行後 100年余りで実現したものを挙げるとー
「TV電話」,「写真電報(ファクシミリ)」,「計算機」,「カラー写真」,「時速 100マイルの列車」などー

実現してないものー
「蓄積機(‘accumulator’,あらゆる自然力を圧縮・蓄積)」,「変形機(‘transformer’,蓄積機内の自然力を好きな形のエネルギーに変換してO/P)」,「雲に映像を移す『大空広告』」(「プロジェクト・マッピング」は近いか),,「殺人電光」,「人工冬眠」

実現してないとしているが実現したもの(こと)-
「月の裏側を見る」

もっとも興味深く,予想が間違っているのは 「寿命:37歳が52歳になった。」 と書いていることです。19世紀でも 60歳代,70歳代まで,あるいはそれ以上生きた人はいくらでもいて,うまく 病気に罹らなければ 生物としての寿命は もっとあることは分っていたと思うので,体力のない子供の病死が多く,寿命を引き下げていたと考えられる状態の飛躍的改善は望めないとの考えがあったのでしょうか。

Life_expectancy
37歳は,上図から 欧米の寿命を対象としているようですが,100年後の1990年頃には 70歳を超えています。
西暦1900年前後からの急速な医学の進歩による病気の克服,食料(栄養)状態の改善を,ヴェルヌにして見抜けなかったと言えます。
ひょっとすると戦争による死亡も考慮されたのかも知れません。

書かれて 130年後に読んで あれこれ言うのは簡単です。

| | コメント (0)

2019年3月12日 (火)

「伊丹十三選集 第二巻 好きと嫌い」を読んだ。

昨年(2018年)12月22日,呉市立図書館に 『伊丹十三選集』(岩波書店)の第一巻から 第三巻の購入依頼書を提出し,12月20日発行の 『伊丹十三選集 第一巻 日本人よ!』を 2月1日に図書館から連絡があって借りて読み,今回,1月18日発行の『伊丹十三選集 第二巻 好きと嫌い』 が入ったとの連絡が 3月1日にあって借りてきました。

Dsc_1747
編者は 第一巻と同じく,松家仁之(小説家,編集者),中村好文(建築家),池内万平(伊丹十三の次男。伊丹プロダクション取締役 等)の三人です。

Dsc_1742Dsc_1744出典は 次のとおりと示しています。

A. 『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫,2005年)
B. 『女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
C. 『日本世間噺体系』(新潮文庫,2005年)
D. 『再び女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
E. 『小説より奇なり』(文春文庫,1986年)
F. 『ぼくの伯父さん』(つるとはな,2017年)

目次はー

・好きと嫌い      pp.1-32,出典:AB, C
・ダンディズム   pp. 33-64,出典:A,B,D
・美味礼賛       pp.65-114,出典:AB,
・呑む              pp.115-132,出典:B,D
・運転              pp.133-172,出典:A,B,D,E
・小咄              pp.173-252,出典:A,B,C,D,F
・脱毛              pp.253-284,出典:D,E
・猫                 pp.285-330,出典:D,E

私は 全出典を持っていて,それも 『ぼくの伯父さん』(2017年刊)を除くと 文庫本になる前の ほぼ第一刷を,五十数年前の高校生から40年前の就職後にかけて読んでおり,懐かしさを感じながら読みました。

彼の本で 多くのことを知りました。

Dsc_1746今では 日本人の誰もが知っているであろう 「アル・デンテ」を広めたのは彼だったのでは ・・・ 。
彼の 『女たちよ!』(第一刷:昭和43年,1968年,大学1年でした)より前に 「アル・デンテ」が活字になったことがあるでしょうか。
又,『ヨーロッパ退屈日記』には スパゲッティの正しい食べ方を書いており,①皿の隅にフォークに巻きつけるスペース(煙草の箱大)を作る。②2,3本(これは 50cmクラスの場合)のスパゲッティをフォークで引っかけ ③フォークを皿から離さないように(時計回りに)回転させて巻きつけるー を50年間,守っています。「スプーンを使う」とは書いていません。しかし,イタリア人にも使う人間がいるので 違反ではないだろうと書いています。
そもそも,この時代(1960年代半ば),日本においてパスタは,スパゲッティより,マカロニの方がポピュラーで,クリント・イーストウッドに代表されるイタリア製西部劇は 米国では スパゲッティ・ウェスタンと呼ばれたのに対し,日本では マカロニ・ウェスタンと呼ばれたのです。

嫌いなものを挙げている中に,食事中のコーヒーやウィスキーがあります。
このことだけで,アメリカ人がヨーロッパ人に軽蔑されている,と書いています。
アメリカのホテルで(日本でも) 食事中に 「コーヒーはいかがでしょうか?」と言うウェイターに 私は常に 「食後にー」と言っていたのは この影響もあります。

「好きと嫌い」と 「ダンディズム」の章は 50年たっても 完璧に覚えており,すなわち,影響を受けているようです。

美味礼賛」の章,「食前の果物」に 『アヴォカード』 として 「アボカド」のことを書いています。
これが書かれた時代,まだ 「アボカド」という片仮名名詞は日本に存在してなかったのです。
すなわち 「『カジノ・ロワイヤル』 という小説のなかで,ジェイムズ・ボンド・ダブル・オウ・セヴンが美女と食事をする。その時,オードヴルに彼は 『鰐梨』を食べる,とある。」と書き,「この『鰐梨』 がフランス料理の典型的なオードヴルの一つ,英語では これを 『アヴォカード』と言って ・・・ 」 と詳述されているのです。
(*「鰐梨」は アボカドの英語の別名 ‘alligator pear’を直訳した和名。)
この出典は 『女たちよ!』 であり,1968年に,これを読んだ 大学1年の私は 見たこともない 『アヴォカード』 を その記述と挿絵から想像するしかありませんでした。
『アヴォカード』を 初めて見たのが,あるいは 食べたのがいつだったの記憶は全くありませんが,おそらく 30歳(1978年)を過ぎてからだと思います。
調べると,2005年における日本の「アボカド」輸入量は 28,150ton,それに対して,その25年前 1980年は 479ton しかなかったのです。1970年代に 「アボカド」を手にする,あるいは口にする可能性はほぼゼロだったと思います。

同じく 「美味礼賛」の章,「三ツ星のフランス料理」に 『ミシュラン』の話があります。
出典は『ヨーロッパ退屈日記』(第一刷:1965年)で,これには 「ダブル・オウ・セヴン,『ゴールド・フィンガー』の邦訳には,ミシュランが 『ミケリン』 となっていて ちょっとわびしい。」と書かれています。
55年前,日本では 「ミシュラン(の星)」が何かも分っていなかった時代,伊丹十三は フランスにあった 三つ星レストラン 9店のうち,敷居の高いパリの4店を避け,地方の5店のうちの3店を目指したのでした。

Dsc_1737
ー と,出典の本を持ち出して確認しながら,四分の一までしか読んでないところで, 様々な記憶が甦ります。

限がないので この辺で ・・・ 。
次の 第三巻を待ちます。

| | コメント (0)

2019年2月22日 (金)

フィリップ・ロスが 去年(2018年)亡くなって - 。

フィリップ・ロス(‘Philip Roth’,1933年3月19日 ~ 2018年5月22日)が,去年亡くなりました。

1970年前後 学生だった私にとって,米国の作家で,‘ハードボイルド/サスペンス’と ‘SF’ 分野を除く 作家で 知っていたのは  J.D.サリンジャー(‘Jerome David Salinger’,1919年1月1日 ~ 2010年1月27日) と フィリップ・ロス でした。
2人とも ユダヤ系で,ジャンルとしては 青春小説でした。

フィリップ・ロスの代表作は 「さようならコロンバス」(‘Goodbye,Columbus’,1959),サリンジャーの代表作は 「ライ麦畑でつかまえて」(‘The Catcher in the Rye’, 1951)です。
「さようなら コロンバス」は 映画化され 1969年に日本で公開され,大学2年のとき観ました。

「ライ麦畑でつかまえて」は映画化されていませんが,関連する映画として 「ライ麦畑をさがして」(‘Chasing Holden’,2001)があり,関東在住時の2003年,都内,青山の名画座で観ましたが,詳しくは覚えていません。原題の中の ‘Holden’は 「ライ麦畑でつかまえて」の主人公です。

又,去年 映画 「ライ麦畑で出会ったら」(‘Coming Through the Rye’,2015)が日本で公開されたようですが 観ていません。
ただ この映画の原題 ‘Coming Through the Rye’は,2009年に 同じタイトル,但し,正確には 60 Years Later:Coming Through the Rye という,「ライ麦畑でつかまえて」 の続編と銘打った小説が出版されそうになり,「サリンジャー自身が 出版差止めを求め,作者と出版社をニューヨーク連邦地裁に提訴した。」という報道がありました。
サリンジャーは 翌年 逝去し,この小説がどうなったのか,又,映画との関係は不明です。

(小説にもどって) 「さようなら コロンバス」の原作は読んでいませんでした。

Dsc_1684
Dsc_1687Dsc_1686

「ライ麦畑でつかまえて」は 原文も翻訳も読んでいました。
いずれも 1970年版です。
原文は 49年前,苦労して読んだようで,そうとうくたびれた姿になっていました。

The Cacther in the Rye” の邦訳は 次の4種類あり,いずれも 邦題(訳題)が 異なっているのが面白いところです。

  • 危険な年齢』 (橋本福夫訳,ダヴィッド社,1952年)
  • ライ麦畑でつかまえて』 (野崎孝訳<,白水社,1964年)
  • ライ麦畑の捕手』 (繁尾久訳,英潮社版,1967年)
  • キャッチャー・イン・ザ・ライ』 (村上春樹訳,白水社,2003年)
  • もっとも耳に馴染むのは,私が読んだ 「ライ麦畑でつかまえて」です。
  • Dsc_1682_2今回,フィリップ・ロスに 弔意を込めて,「さようなら コロンバス」を読もうと 図書館から借りてきました。
  • あまり読む人はいないようで,書架には出ておらず,書庫から出してもらいました。
  • | | コメント (0)

    2019年2月19日 (火)

    ヴェルヌの 「地軸変更計画」 を初めて読んだ。

    小学生の頃,海外の小説家で知っている一人が 「ジュール・ヴェルヌ」でした。
    他は,コナン・ドイル,エドガー・ライス・バローズ,・・・ 。

    ヴェルヌの 「地底探検」,「十五少年漂流記」,「海底二万哩」などは 何回も読み返したものです。

    Dsc_1597ジュール・ヴェルヌ(1828~1905)が,1889年に発表した 「地軸変更計画」(創元SF文庫,2005,原題:‘Sans Dessus Dessous’,『上も下もなく』 or 『上もなく下もなく』)を 図書館で借りて,初めて読みました。

    日本語に初翻訳されたのは 1996年 「ジャストシステム」(出版社)による発行時で,子供の頃は読むことができなかった作品でした。今回,図書館で初めて知った作品です。

    この小説が書かれた時代 1889年,まだ北緯83度~84度付近までしか人類は到達できておらず,北極点(北緯90度)までの 6度,すなわち 1度を約110km とすると 北極点の周り 半径 660kmの範囲は 人類未到達で,土地(島)があるのか,海だけなのか解明できていませんでした。

    登場するのは,「月世界旅行」(‘De la Terre à la Lune’,直訳は『地球から月へ』 1865年,および Autour de la lune’,直訳は 『月を周って』 1870年)で 大砲が撃ちだす有人弾丸による月旅行を計画・実行し,月を周って地球に帰還するという芸当を成し遂げた,南北戦争後の大砲専門家が作る 「大砲クラブ」です。

    Dsc_1599時は 19世紀後半,話は,米国 バルティモアで開催された,あるかないか分らない,北緯84度より北の北極の土地の競売会から始まります。入札者は 個人ではなく 国の代表であり,米国の代表は 「北極実用化協会」で,この団体が 最終的に,英国代表との一騎打ちの結果,1平方マイル当たり,200セント,合計 80万ドル強で落札します。
    そして この協会を運営しているのは 「大砲クラブ」会長,インペイ・バービケインが社長の会社でした。

    このクラブこそ,20余年前 人間を乗せた弾丸を 長さ 200mを超える大砲で月に向かって撃ち出した(「月世界旅行」,1865 & 1870)連中だったのです。

    彼等の,この落札,北極圏領有の目的は 北極地域に大量に存在していると推定される石炭を手に入れて大儲けすることでした。

    しかし,北緯84度以北の極地に行くことは,この時代,ほぼ不可能であり,うまく到達できたとしても 石炭を採掘する作業は更に不可能と思われました。
    それ以前に,彼の地に土地(大陸)が存在していることすら不明だったのです。

    ここに,驚くべき計画がありました。バービケイン達の計画は,黄道面(地球の公転面)への垂直線から 23度28分(原文のまま)傾斜している地球の地軸(自転軸)を 黄道面に対して垂直に変え,現在の北極点を 北緯67度の温暖な気候地帯として採掘可能な地域とするという,地球上の四季を失くし,地球は勿論,他の地域住民の迷惑を顧みない我が儘なものでした。

    その手段として,赤道付近で地軸にほぼ平行に,すなわち地表の接戦方向に砲弾を撃ちだし,その反力による(地球中心回りの)モーメントで地軸を移動させるというもので,「大砲クラブ」の書記にして数学者,マストンの計算によれば 質量 18万トンの砲弾を撃ち出すことが必要でした。

    この情報が漏れると世界はパニックになりました。
    計画通りに行なわれ,成功したと仮定したした試算ではー
    「14億の人々を脅威にさらし,・・・ 地球規模の大惨事を引き起こす・・・」
    「海面変化 最大 8,000m による窒息死(高山化) あるいは 溺死」
    「新しい海の底に沈むのが,シベリアのサモイェード人やラップ人,フエゴ人,パタゴニア人,タタール人,中国人,日本人,アルゼンチン人だけなら,先進諸国はこの犠牲を受け入れただろうか?」

    *注:日本は 明治維新から 約20年,日露戦争勝利によって存在を世界に知らしめたのは この小説が発表された15年後の1904年であり,西欧諸国にとって日本は まだ とるに足らない後進国だった。

    この脅威の計画に対して 世界は これを中止させようと,実行場所を探しますが,見つかりません。米国は,計算し,実行場所を知っているマストンを拘留して 白状させようとしますが口を割りません。

    計画実行直前に,キリマンジャロ山脈の南,ワマサイ国 「ザンジバル駐在米国領事」から キリマンジャロの山麓で1年前から工事が行われているとの情報が入りますが,現地に分け入り,計画を阻止するには 時すでに遅く,計画は実行されます。

    実行仕様はー 砲身として キリマンジャロ山塊に水平に開けられたトンネル,すなわち爆薬抗: 直径27m,長さ 600m 内壁は鋳鋼製のパイプで装甲,砲弾は1,000トン弾を180個合体した砲弾長 105m,質量 18万トン,新型火薬 2,000トン でした。

    そして,誰にも邪魔されることなく,確かに発射しましたが,地球のどこにも 何の変化もなく,計画は失敗しました。

    しばらくして,この計画に関心を持ち,実行前に計画データを入手していた,フランスの数学者 ピエルドゥーが,フランスの新聞に計画のミスに関する記事を書きました。

    これによれば,ミスしたのは計算の基礎データ,地球の周囲 4万km を 4万m としていたことで,この 3桁の間違いが 最終的に12桁のミスとなり,計画(地軸23度28分移動)を成功させるためには 18万トン砲弾を 1兆発,同時 発射する必要がありました。
    このミスは マストンが計算を黒板に書き始めてすぐに,何度かの電話があって,慌てて何枚か継いだ黒板を倒して,その際,“0” が 3個 消えてしまったことが原因でした。

    終りにー 「地球の運動の条件を変えることは,人類に許される範囲を超えた行為なのだ。人間は,創造主が宇宙の仕組みの中に打ちたてた秩序を,何一つ変えることはできないのだから。」とありました。

    この小説は,いくつかの点で,それまでのヴェルヌの作品との違和感があって,彼に 「本当に あなたが書いたのか?」という質問状が寄せられたそうです。

    この「地球を動かす」というテーマで思い出すのは 中学生のとき観た,東宝映画 「妖星ゴラス」(1962年)です。これは 地軸の傾斜を変えるより 更に過激です。

    このケースは,地球に衝突するコースを進む,推定質量:地球の6,000倍の妖星(=凶事の前兆と信じられる不吉な彗星)との衝突から 地球を守るため,南極大陸に,地球の外に向けて噴射する巨大なロケット推進装置を建設して(一基ではなく 数十基),地球をロケットとして移動させ,公転軌道を変えるー という話です。東宝の特撮映画には 欠かせない,巨大な「せいうち」のような古代モンスターが建設途中で覚醒して 大暴れするというシーンもありました。

    その結果,成功したのかどうか,どのような気候等の影響があったのか等についての記憶はありません。
    が,「巨大大砲を撃って 地軸を変える」から 73年経って 「地球をロケットとして公転軌道を変える」 では 時代は変わっても内容レベルは大して変わってないようです。

    | | コメント (0)

    2019年2月13日 (水)

    「伊丹十三選集 第一巻 日本人よ!」を読んだ。

    昨年(2018年)12月22日に 図書館に購入依頼票を提出していた,12月20日発行の 『伊丹十三選集 第一巻 日本人よ!』(岩波書店)が入ったとの連絡が 2月1日に図書館からあって 借りてきました。

    Dsc_1622Dsc_1604















    Dsc_1605Dsc_1613
    編者は 松家仁之(小説家,編集者),中村好文(建築家),池内万平(伊丹十三の次男。伊丹プロダクション取締役 等)の三人です。

    出典は 次のとおりと示しています。

    A. 『日本世間噺体系』(新潮文庫,2005年)
    B. 『小説より奇なり』(文春文庫,1986年)
    C. 『ぼくの伯父さん』(つるとはな,2017年)
    D. 『女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
    E. 『再び女たちよ!』(新潮文庫,2005年)
    F. 『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫,2005年)
    G. 『「マルサの女」日記』(文藝春秋,1987年)
    H. 『フランス料理と私と』(文藝春秋,1987年)
    I. 書き起こし

    それぞれの最新刊を示しているようです。
    このうち 私が私が持っている(読んだことがある)のは A~F で,全て文庫本になる前の,ほぼ初版です。従って C を除けば40年以上前に読んでいると思います。

    Dsc_1680
    目次はー

    ・天皇                     pp.1-60,出典:AB
    ・古代への旅           pp. 61-240,出典:
    ・戦争                     pp.241-270,出典:AB
    ・日本文化              pp.271-288,出典:ACD
    ・ミドル・クラス          pp.289-298,出典:F
    ・日本人の舌           pp.299-314,出典:DF
    ・日本人のいる風景  pp.315-410,出典:ABCEFG
    ・英語                     pp.411-430,出典:F
    ・日本の街              pp.431-458,出典:EFH
    ・日本人よ!           pp.459-496,出典:DH

    I. 書き起こし” の 「古代への旅」が 1/3 のページを占め,この部分は ほぼ初めて読む内容でした。
    他は GH 出典部分を除けば,ほぼ記憶のある内容で 懐かしく読みました。

    但し,「天皇」の章の出典は A. 『日本世間噺体系』 と,B. 『小説より奇なり』 で,確かに 第一刷を購入していましたが,就職後に読んだ本で,それ以前の学生(生徒)時代に読んだ本に比べると 記憶が薄れていました。就職後は 読み方が雑になったのでしょう。

    Dsc_1650Dsc_1651















    Dsc_1653Dsc_1654

    第一巻の 「購入依頼票」を図書館に出した 12月22日に,同時に 1月と 2月に発行された(/る) 第二巻と第三巻の 「購入依頼票」も提出しているので,全三巻のうち 第一巻のみの購入はないでしょうから,そのうち 図書館から,第二巻が入ったとの連絡があるでしょう。

    | | コメント (0)

    2019年2月 8日 (金)

    ジュール・ヴェルヌの 初邦訳歴史小説 「名を捨てた家族」だが ・・・

    ジュール・ヴェルヌ(‘Jules Gabriel Verne’,1828 ~ 1905)と言えば,SF小説の開祖にして父と言うべきフランスの作家で,子供の頃,彼の 「地底旅行」,「海底二万里」,「八十日間世界一周」,「十五少年漂流記(二年間の休暇)」などを何度も読みました。

    最近,特に読みたい本があるわけでもなく 図書館の検索システムで 著者「ジュール・ヴェルヌ」で検索していて,見慣れないタイトルの本を見つけ,借りました。

    CoverDsc_1280_8「名を捨てた家族 1837-38年 ケベックの反乱」(‘Famille-Sans-Nom’),大矢タカヤス(訳) 発行:(株)彩流社,2016年10月15日 第一刷発行,\2,800+税。

    日本語 Wikipedia の「ジュール・ヴェルヌ」の作品リストには載っていません。

    おそらく 作品が多すぎて載せられないのでしょう。

    サイト ‘Jules Verne Page’の 「ヴェルヌ著作年表」でやっと見つけました。
    但し,ここでは「日本では翻訳されてない」とされ,邦訳は 「名前のない家族」になっています。

    1889年の作品で,「二年間の休暇(十五少年漂流記)」(1888年)の翌年に書かれています。

    おそらく この本が 2016年にして本邦初翻訳された ‘Famille-Sans-Nom’ と思われます。

    19世紀前半カナダ,フランス系住民は大英帝国政府の圧制に苦しんでいた。
    民族の自由と尊厳を守るため立ち上がる住民たち。
    そんな彼らの希望となっていたのは,カリスマ性をそなえ,颯爽と現れ民衆を導く青年。
    しかし,彼にはけっして明かしてはならない過去があった……。

    史実をもとに描かれる,恋,スリル,闘い,そして裏切りと真の絆。
    先住民を含む多彩な登場人物が躍動する,
    歴史小説にして冒険活劇。
    本邦初訳!!

    意気込んで読み始めましたが,読み始めて すぐに読み続けるのを断念しました。
    歴史小説なので仕方がないのでしょうが, 冒頭の歴史的,地理的解説が長く,複雑でほぼ記憶できず,主人公がなかなか登場せず ・・・ 。

    | | コメント (0)

    2019年2月 5日 (火)

    GQ 「ハリントン・ジャケット,スターに学ぶ着こなしの美学」

    GQ Magazine’英国・電子版の Dec.18,'18付けに GQ Hype  “The Way They Wore: Steve McQueen's Harrington Jacket” (彼らの着こなし方:スティーヴ・マックイーンのハリントン・ジャケット)と題して BaracutaG9 ジャケットに関する記事がありました。

    下記,翻訳転載します。

    *************************************

    メンズ・ウェアの最も大胆な(heroic),歴史的瞬間のいくつかからインスピレーションを得た新しいコラムである。

    映画男優やロックスターに愛されるハリントン・ジャケットは,今までで作られた,最も確認可能な(identifiable)メンズウェアのひとつである。

    Sm_2
    2057’(TV ドラマ・シリーズ)では,電子タバコの蒸気吸引による精子数と Y染色体の急激な減少(plummeting)のために,男性という種は絶滅していた。

    この,男のいなくなった時代には - 「絶滅した男の博物館」が作られているかもしれない。
    そして,この博物館には,男性に関する,最良の,あるいは最悪の衣料やその他の物が陳列されるだろう。

    トロージャン・コンドーム(Trojan condoms),控え目な(humble)ネクタイ,信号機の形をした高価な宝石で飾られたカフスボタンなど,ランダムな品物の中に,ハリントン・ジャケットがあるにちがいない。デザイナーのジェイムズとアイザックのミラー兄弟(James & Issac Miller)がバラクータと呼ばれるラベルのためのシンプルでエレガントなデザインを 1937年にマンチェスターのどこかで 思い付いて以来,男性に最も人気のあるアウターウェアとなった。

    Jd_2ハリントンは,最も男性的な男性の何人かによって着用されて 世間の注目を集めてきた。
    アーノルド・パーマーはこれを着てプレイし,『理由なき反抗』(‘Rebel Without a Cause’,1955)で 「ジム・スターク」役のジェームス・ディーンはチェリーレッド・バージョンを着た。
    エルヴィスは 『闇に響く声』(‘King Creole’,1958)でベージュ・バージョンを着た。
    後に スティーヴ・マックイーンは,『華麗なる賭け』(‘Thomas Crown Affair’,1968)で演じた美術品泥棒役で,ブルーのハリントンをジップアップした姿を披露した。

    Ep_2彼らはカウンターカルチャーの旗手,ロック・スターや反抗的スクリーン・スターの,権威に屈することのない面々であって,オン・オフの両面で,質素(no-nonsense)で,飾り気のない(zero-frills) マチスモ(男らしさ)の男たちにアピールした。

    事実,マックイーンのような男性達が,70年代の英国のスキンヘッドの連中が好んだのと全く同じ理由でハリントンを好んだ。

    ハリントンは実用的,かつ快適であり,汎用性があって,軽量で,そして押しも押されもせぬ(stone cold),威勢が良いほど(chest-thumpingly)クラシックだった。バラクータは防水加工のポリエステル・コットンの混紡で作り,雨水がウエストバンドを越えて流れるのを防ぐため,背中にベントが設けられ,ズボンが痛むのを防いだ。

    丸みを帯びた,中国風(mandarin-style)の襟は,全く人目を気にしない(zero-fucks given)態度に対する表現でもあって,男らしさをアピールする。
    しかもそればかりか,ハリントン・ジャケットには軍人との関連もある。つまり,(闘争心を促進するホルモン)テストステロン的役割としての,ハリントンのライニングに使われている象徴的タータン・チェックは,スコットランドのラヴァト卿の家紋のタータンチェック柄 Fraser Clan を裏地に使うことを 80年以上前にミラー兄弟に許可したものである。

    今日では,事実上 多くのブランドが,革,デニム,化学繊維 などあらゆる種類の素材で ハリントン・ジャケットを作っているが,デザインは ほとんどオリジナルを踏襲している。

    Da_2人目を引くように(in their pomp),ハリントンを着ていたロックスターの二人,ブラーのデーモン・アルバーン(Damon Albarn)やリバティーンズのピート・ドハーティ(Peter Doherty)でさえ,これまでで最も象徴的で,最もさりげない(effortlessly)スタイリッシュなジャケットの1つであるというイメージを混乱させる(muddy)ことはできなかった。

    もし,あなたが ハリントン・ジャッケットを持ってないと言うなら,はて,あなたはどんな種類の男なんだろう?(If you don't own one, well, what sort of a man are you?

    (転載了)
    *************************************

    Baracuta G9 を着ている男優として,例えば ー

    Jason_statham_2
    Daniel_craig_2Martin_freeman

    Jason StathamDaniel CraigMartin Freeman がいます。

    01日本では 高倉健さんが有名でした。

    私は ‘Tan’ と ‘Dark Navy’を持っています。

    Harrington Jacket’は,米国ABCネットワークで 1964年~1969年に放送された 「ペイトンプレイス物語」(‘Peyton Place’)で,ライアン・オニール演じる登場人物名 ‘Rodney Harrington’が由来の通称です。すなわち,1964年以前に ‘Harrington Jacket’ と呼ばれることはありませんでした。
    今では 本家 Baracuta も ‘Harrington Jacket’と,そのホームページに書いていることがあります。

    又,スウィングトップ または スイングトップ は,かつての VAN Jacket の故石津謙介社長が 命名した和製英語であって 世界では通用しません。

    この記事で気になることがあります。

    「防水加工のポリエステル・コットンの混紡で作り・・・」とありますが,オリジナルは コットン 100% で,ポリエステル混紡になったのは 経営がイタリアに移った,ごく最近の2013年 以降 ー ということです。

    2016年に発表された ‘G9 ORIGINAL’では ‘the external shell in 100% water-repellent cotton’とありますが,これは 特別バージョンです。
    100% cotton を 懐かしむ声に応えたのでしょうか?

    Cotton_100
    Dsc_1626Dsc_1630
    上左は 2011年に,直接 英国 Baracuta から個人輸入した ‘G9 Jacket,Slim Fit,Dark Navy’です。
    上右は 2012年に,サイズの関係から 国内のセレクトショップで購入した ‘G9 Jacket,Regular Fit, Tan’です。
    いずれも 2013年にイタリアに経営が移る前の製品で,100% cotton です。

    Dsc_1631日本で購入した ‘Tan’には 日本語のタグが付いています。

    尚,現在の ‘Harrington Jacket’の素材はー

    Outer Shell : 50% COTTON  50%  POLYESTER,
    Lining :  80% COTTON  20% POLYESTER

    です。

    私が持ってる Baracuta のジャケットは G9 の他に2種類,下左の ‘G19’と 下右の ‘G35,Windcheater’です。
    G19’は 15年ほど前の,日本の代理店が製作した可能性が高いもので,‘G35’は英国から個人輸入したもので いずれも時限販売された製品と思われます。

    Img_0651_4Img_9604G19








    G19’は 海外のサイトで見たことはありませんが,日本のサイトで 左のように示されていました。

    | | コメント (0)

    2018年12月24日 (月)

    「伊丹十三選集」が発刊されるのでー

    Itami_02岩波書店から 「伊丹十三選集」 全三巻が発刊されるそうです。

    伊丹十三が様々な媒体に載せたエッセイを集めたもののようです。

    第一巻 「日本人よ!」  2018/12/22 発刊

    第二巻 「好きと嫌い」  2019/1/18 発刊予定

    第三巻 「日々是十三」  2019/2/19 発刊予定

    詳細下記。

    Itami
    価格は 各巻 \3,300。

    全三巻 税込みで 1万円を越えます。

    20年ほど前なら,何の躊躇いもなく購入するところですが,年金生活者,かつ,70歳になって持ち物を減らそうとしている身なので,第一巻の発売日に市立図書館に行って,購入リクエスト・カードを書いてきました。

    発行予定の 二巻,三巻も購入リクエストを出してきました。

    さて,図書館は購入してくれるでしょうか?
    入れば 電話で通知されます。

    因みに 伊丹十三は 俳優になる前,商業デザイナーをしていて,レタリングに優れ,「日本一美しい明朝体を描く男」と言われました。

    50年前,1970年前後の学生時代によく観た映画 「日本アート・シアター・ギルド(ATG)」のロゴは彼のデザインです。

    AtgMansaku_2又,映画監督だった父親・伊丹万作の 「伊丹万作全集」のタイトル文字は彼が描いています。

    そして 「伊丹十三選集」の タイトル文字は?

    グラフィック・デザイナーの山口信博氏が,「伊丹万作全集」を傍らに置き,「伊丹明朝」を基礎にして,しかし 「伊丹明朝」のフェイクにならぬよう,かなり時間をかけてデザインしたとのことです。

    「伊丹万作全集」の巻数が アラビア数字で書かれているのに対して,「伊丹十三選集」は 漢数字になっているのが面白いところです。

    | | コメント (0)

    より以前の記事一覧