カテゴリー「旅」の103件の投稿

2018年6月20日 (水)

シンガポールの ‘Luxury Hotel’は?

世界が大騒ぎしたわりに具体的成果に乏しかった 6月12日 シンガポールで行われた米朝首脳会談で使われたホテルは ‘Capella Sigapore’,宿泊は トランプ大統領が ‘Shangri-La Hotel Singapore’,金正恩委員長が ‘The St. Regis Singapore’でした。
シンガポールの数多くの高級ホテルの中から これらのホテルを選ぶにあたっては,恐らく 保安上の理由が優先されたものと思います。

観光立国のシンガポールにいくつホテルがあるか知りませんが 5つ星クラスのトップクラスにどんなホテルがあるか,いくつかのサイトに示された Best 10 or 15 をピックアップしてみました。
各サイトのランキングで 3位以内のホテルにブルーで色付けしています。
当然,上記 3つのホテルは含まれています。

Luxury_hoels_in_singapore_a_2
シンガポールには仕事で数回行き,延べ1ヶ月ほど滞在したことがありますが,仕事なので 当然,これら高級ホテルではなく ビジネス用のホテル,それでも ビジネス・フロアの専用ラウンジでいつでもアルコールを含む飲み物がフリーのホテルでした。

プライベートでシンガポールに行ったのは 9年前の1回のみ,60歳の定年記念旅行で 4泊5日滞在しました。

この時,宿泊ホテルは迷うことなく ‘Raffles’を選びました。
上記のリストでは かなり上位にランク付けされています。
他の近代的ホテルは どの国でも,日本でも,その系列ホテルと変わったものではないと思い,シンガポールらしい,コロニアル様式のホテルを体験したかったのが理由です。
本来なら 1週間以上滞在,というのが理想ですが,諸般の理由でそうもできませんでした。

Raffles Hotel は1887年に “Beach House”という名前で10室のバンガローホテルとして開業し,1899年に 現在の場所に コロニアル様式の建物が完成し,現在に至っています。当時は 「スエズ運河以東で もっともすばらしい設備のホテル」と ヨーロッパの人々に言われ,現在でも 世界のホテル・ランキングに度々現われる,特に 欧米人には憧れのホテルのようです。但し,1930年代までは アジア人は泊まれませんでした。
残念なのは 日本軍がシンガポール占領中,このホテルを接収し,それ以前の著名な宿泊者のサインなどの資料を廃棄したことです。

部屋数は,シンガポールの5つ星ホテルでもっとも少ない103室で 全てSuite,部屋の種類は 大きく分けると 2種類+αがあります。

  • Courtyard Suites : 最もスタンダードな部屋です。
  • Palm Court Suites : 宿泊客しか入れない “Palm Court” を囲むように配置された部屋です。私は “Courtyard Suite” を予約していましたが,“Palm Court Suite” にUp-Gradeしてもらいました。この2種類の Standard Suites で 合計 96室です。

この2つのSuitesの中に,宿泊した著名人の名を冠した “Personality Suites” が12室あり,私が泊まった Palm Court Suite 211号室の隣の212号室は “Charlie Chaplin Suite” でした。
+αの部屋は 更にグレードが高く,今年(2018年)一杯 ホテル全体が改装中(休業)というので,この中にあるのかも知れません。

Singapore_01ここは,他のホテルと違って,宿泊客でないと 入り難く,玄関に近付くと,右の写真で 家人と並んでいるような長身のインド人ドア・マンから 声を掛けられます。
How can I help you,sir?

これは 「いらっしゃいませ」の意味なのか,咄嗟に 何と答えればいいか,難しいところですが,チェックインしたときに部屋付きのバトラーに,「このホテルの宿泊客は ‘Guest’ではなく ‘Resident’(居住者)と呼ばれる。」と聞いていたのでー
We are residents here.” と言い,更に 部屋番号まで伝えて ドアを開けてもらいました。
1週間以上,理想的には1ヶ月間滞在すれば 堂々たる ‘Resident’でしょうが,4泊で ‘Resident’は ・・・  やや恥ずかしいところでした。

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Singapore_06Palm Court” を囲むように配置された部屋の前の回廊にはテーブルとイスが置かれていて,バトラーに持ってきてもらった お茶を飲んでゆっくり過ごせます。

左は 朝,観光に出掛けるとき,掃除をしているスタッフと立ち話をしている家人です。
床はチーク材です。

現在,Wikipedia によれば 「1室1泊あたりの料金は,コートヤード・スイートで約12万円,パーム・コート・スイートで約13万円(いずれも時期により変動あり)で,シンガポールのホテルの中で客室の料金が一番高く,他のシンガポールの最高級ホテルと比べて,最低でも約2倍高く設定されている。」とあります。

このときは 奮発して(?) 往復 ビジネス・クラスにするため,姑息にも 往復をキャセイパシフィック航空の香港乗り換えとしました。

【追記】最後の出張時に泊まったシンガポールのホテルでー
・仕事が早く終わった日に,他に客がいないビジネス・フロアのラウンジで新人の若い女性のラウンジ・マネージャーと雑談をして,彼女が中国系で ベトナムから来た(移民?)ばかりと知る。「アオザイが似合いそうだ。」と言うと 次の日,ベトナム時代のアオザイを着た写真を見せてくれた。
・ある日,彼女に「ジンジャーエール」を頼むと 「作り方がわからない。」と言う。
「作る必要なし。ボトルそのまま。」と言うと,パントリーに来てくれ,どれか教えてくれ,とのこと。
ベトナムには 「ジンジャーエール」がない?
・帰国の日,深夜発の便で,昼までに エキストラチャージなしでチェックアウトし,荷物をホテルに預かってもらって 外で昼食,少し繁華街を歩いて 暑さに負けてホテルに戻り,ロビーで本を読んでいると,彼女が現れて何をしているのかと訊くのでー
I'm going back to Japan Tonight. And ・・・  ” と状況を話すと,デスクにもどって 何やら書いた紙を持ってきて,「これを見せれば バーで何でも好きなだけ飲めます。」 チェックアウト済みの客に気を遣ってくれた。

Luxuryホテルではありませんが,親しみやすく,気の利いたスタッフがいました。

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2017年3月10日 (金)

TVで,初めてポルトガル,セトゥーバルを見た。

Img_17983月8日,NHK BSプレミアム 「2度目のリスボン」で リスボンの南東の町,セトゥーバル(Setubal)が紹介されていました。

旅番組のポルトガルで紹介されるのは,リスボン,ポルト,コインブラが主で,セトゥーバルが紹介されたのは記憶に残る限り初めてです。

Portugal_mapセトゥーバルは 私の初めての海外出張(=海外旅行)の目的地で,思い出のある町です。

39年前の1978年5月,入社6年目の私は 本来なら開港している予定だった成田空港ではなく 羽田空港からアンカレッジ経由ロンドン行の便で初めての海外一人旅(出張)に発ちました。
ソ連時代は 大圏コース(最短距離)であるソ連領空を飛べなかたため 給油が必要で,ヨーロッパ便はアンカレッジで給油していました。
日本からリスボン直行便がないのは現在も同様です。

成田空港は成田空港反対派による管制塔占拠,計器破壊等により開港が遅れていました。

ロンドン・ヒースロー空港で何とか ドメスティック・ターミナル(ヨーロッパ域内への便はここから)に移動,ブリティッシュ・エアウエイ便に乗り換えてリスボンに向かいました。

ここで 日本人は私一人になりました。
Air Ticket’と ‘Boarding Pass’の違いも判らない心細い旅でした。

ーで,番組では

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Img_1803リスボンから車で1時間ほどの セトゥーバルの市場が 「ポルトガルで一番品揃えがよく,安い。リスボンから買い物に行く人もいる。」と言うおじさんの勧めで セトゥーバルに行きます。

市場は 1876年開設の ‘Mercado do Livramento’です。
ポルトガル語が分らないので ‘Livramento’が 商品の何かを指しているのか,地名なのか,分りません。

番組で紹介されたのは 残念ながら,海岸の風景が少しと,市場内の様子だけでした。

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威勢のいい魚屋のおばさんがいました。

私は この町に2週間以上滞在し,尚且つ,最初の1週間は 客の都合で 仕事ができなかったので,一人で町中を歩き回り,飽きてリスボンに遊びに行ったりしていたのですが,不思議なことに この市場を訪れた記憶がありません。
地図(Google Earth)で 位置を確認するとー

Setubal
右上の円が市場で,左下の円が 泊まっていたホテルです。
市場は 緑が多い大通りに面し,何度も歩いた気がします。
ホテルから町への降りる道は人家も人通りもなく,怖かったので 夜はタクシーに乗りましたが,昼間は歩いていました。

Hotel泊まったのは 右のように典型的西洋の城の形であり,そのとおり,丘の上に建つ城跡を利用したホテルでした。(-と言っても 泊まっているときは このような外形をしているとは気が付かなかった。)

地図上では ‘Setubal Historic Hotel / Pousada Setubal’と示されています。

私が泊まったときは シンプルに ‘Pousada Sao Filipe’でした。かつて 「サン・フィリッペ城」 だったのでしょう。

下の色褪せた写真は,当時 撮影した ホテルの様子で,最初の写真に,丘の上の城跡のホテルが写っています。

Hotel_view_from_portHotel_house

Hotel_loungeHotel_entrance

最後の写真は,ホテル(城)のエントランスで 石落としの開口があります。

今年 放送された 「関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅」 のポルトガル編で,関口さんが 「この国には 大人を感じる。」と言っていました。
ポルトガル人が,かつての栄光の時代を懐かしむことなく,しかし,しっかりした文化の基礎と誇りを持ち,淡々と,そして 明るく生きているということでしょうか。

このときの出張は
往き : (羽田)JAL → ロンドン乗り換え → BA(リスボン)
復り : (リスボン)KLM → アムステルダム乗り換え → KLM (成田)でした。
帰国時,成田空港は開港していました。

20歳代に行ったときは 食べ物に,さほど感動しませんでしたが,今回の放送では 各種 食べたくなる料理の紹介があって,元気なうちに もう一度 訪れたくなりました。

(参考)
POUSADA’(ポザーダ)とは :
城や修道院,貴族の館などを改修したり,景勝地に地方特有の建築様式を生かして建てられたポルトガル特有の宿泊施設で,1942年に国の援助により最初のポザーダがオープンして以来,ポルトガル全土に展開。
現在では全29軒(2014年3月時点)を数える。当初は国営だったが,現在は ‘GRUPO PESTANA’が運営するホテルチェーンとなっている。
ポザーダは,それ自体が優れた観光素材として評価を得ている。歴史的な建造物を利用したポザーダでも近代的な設備を整えており,新しく建築されたポザーダでもポルトガルの伝統的な建築芸術が活かされているところが魅力。
次の4タイプに分けられる。

HISTORIC POUSADA’,‘HISTORIC DESIGN POUSADA’,‘NATURE POUSADA’,‘CHARM POUSADA

私が泊まったのは ‘HISTORIC POUSADA’で 当時は国営だったのか,その性格から,長期滞在は困難で,1週間経ったとき,町なかのホテルに移ってくれと言われました。
ビデ(洗濯に使っていた。洗剤と一緒につけたままにしていたので掃除スタッフは驚いたと思う。正しい使い方を知らないわけではなかった。)があるのにシャワーだけの部屋でしたが,昼までホテル内で仕事をしていて 空腹になったとき,ダイニング・ルームは閉まっているので,石垣の上で雑談をしていた裸足の女性達に 何か食べ物はないかというと,シンプルなビーフ・サンドイッチを作ってもらったり,朝食は パンと カフェ・オ・レだけの完全なコンティネンタル・スタイルで淋しかったので シンプル・オムレッツを付けてくれと頼んだら,それ以来 黙っていてもサービスしてくれたり,家庭的で 気に入っていたので,何とか頼み込んで泊めてもらいました。

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2014年6月 2日 (月)

東京行き。

1週間前,2泊3日で東京に行きました。

目的は 「九州の高校の関東地区同期会出席」,「ホキ美術館(千葉市)訪館」,「長兄が建てた墓見学」です。

Img_7255現役の頃の東京への出張には飛行機を使っていましたが,急ぐ旅ではないので 往復とも新幹線としました。

サラリーマンではなくなったとはいえ,それなりの格好をとー  「カーキのコットン・スーツ」に 「‘Brixton Floyd’のバケット・ハット」,「‘Paraboot Michael’のチロリアン・シューズ」,シャツは 白とピンクのオックスフォードを準備しました。
鞄は 「‘Barnsby(Jabez Cliff)’の ‘Weekend Traveller’」と 「‘Brady’のショルダーバッグ ‘Norfolk’」とし,押しも押されもしない 「田舎のおじさん」スタイルです。

目的を済ませた最終日,鞄を東京駅のロッカーに預けて,東京見物 (「銀座」,「青山」,「丸の内」)をしました。

Img_7283銀座一丁目に新しいビルが建っていました。

ガラス張りの大きなビルで,上部に ‘KIRARITO GINZA’の文字があり,中央通りに似つかわしくない 12階建ての商業施設で,今年の秋,開業予定のとのことです。

旅行シーズンなのか,いつもなのか分りませんが,外国人旅行者が多く 目に付きました。

その後,銀座線で 「青山一丁目」に行き,青山通りを表参道に向かって歩きました。

表参道に入り 「表参道ヒルズ」を過ぎたあたりで 若い男に話しかけられました。

Tokyo Graffiti’という知らない雑誌の取材で,時間もあるので応じてみました。東京勤務時代,新橋駅前で TV局の取材を受けて以来です。
「お題」が難しかったのですが 適当にボードに書き,そのボードを持って 女性編集者に写真を撮られました。 ‘Dead or Alive,$5,000’とでも書けばピッタリだったかも知れません。

2014052613360000昼食は 一人なので 簡単に,表参道に面する ‘Bakery Cafe 426 Omotesando’で 「ハンバーガー・セット」にしました。
カロリーが気になります。

表参道を一往復して 丸の内に行きました。

丸の内2丁目あたりが,落ち着いていて 店舗も大人向きであり 東京では一番好きです。

Img_22先日,BSジャパン 「テレビ日経おとなのOFF」で紹介された 「Wagashi asobi」の 「ドライフルーツの羊羹」を家人への土産に買い求めようと,予め売っている店舗を調べて 「DEAN& DELUCA 各店」 とあったので 「丸の内店」に行きましたが 置いておらず,「有楽町店」ならありそうだと聞きましたが,時間がないので 東京駅構内 「GranSta」の「八重洲店」に行ってみましたが やはりなく,今度は 「六本木店なら・・・」 と言われ,諦めて新幹線に乗りました。
「六本木」,「有楽町」,「品川」の大型店でないと置いてないということのようでした。

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2014年2月 8日 (土)

今のところ 乗る予定はありませんが・・・。

去年10月に運行を開始した JR九州(九州旅客鉄道(株))の クルーズ列車 「ななつ星 in 九州」 は 日本では最も豪華な寝台列車と言われています。

運行開始後,何度か TVの紹介番組を見て興味を持ちましたが,料金も豪華なので簡単に乗ってみようと言う気にはなれませんが,試しに 資料を送ってもらいました。

Img_6476Img_6477

・3泊4日コース
   スタンダード(パンフレットではスイート):\430,000~\465,000 ×2
   スイート(パンフレットではDXスイート):\600,000 or \700,000×2

・2泊3日コース
   スタンダード(パンフレットではスイート):\180,000×2
   スイート(パンフレットではDXスイート):\240,000 or \280,000×2

夫婦で3泊4日,DXスイートに乗れば 最高 \1,400,000 です。
コストパフォーマンスとしてバランスしているのかとの疑問があります。

Img_6479列車の編成は パンフレットを見ると,7車両で,1号車と2号車が 「ラウンジカー」と 「ダイニングカー」,他の5両が客室で スタンダードが3室/両×4両,スイートが 2室/両×1両 で合計 14室 で,全室に シャワー と トイレが付いています。

配置図では 乗務員の控室,調理室の所在が不明です。

 

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7号車701号室(DXスイート)の後壁,パノラマヴューが魅力的ですが,説明書の「ご注意」を見逃してはいけません。

「途中,車両の方向転換を行いますので,DXスイート(7号車)が 必ず最後尾になるとは限りません。」

例えば 長崎本線の終着駅である長崎に着いた列車は,機関車(何故か ディーゼル機関車)のみ付け替えますが,編成をひっくり返すことはできないということですね。

又,「列車内は全て禁煙です。」 喫煙者は注意が必要です。

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2013年11月10日 (日)

久し振りの東京でー

Img_583910月終わりに 久し振りに 2泊3日で東京に行きました。
最後に出張で行ったのが 東日本大震災のあった翌月の4月だったので 2年半ぶりです。

私用(自費)で東京に行くのは おそらく 60余年の人生で2度目です。
15年間,東京と横浜で勤務したので 東京駅は分っているつもりでしたが,新幹線を降りて 山手線フォームに行くのに迷いました。

去年復元工事が終了した東京駅を,初めて見ました。

Img_5850Img_5855 

9月に 八重洲口側に完成した 商業施設と歩道デッキの「グランルーフ」です。

まだ  バス乗り場あたりは工事中で すっきりしていません。

Img_5807Img_5815

余った時間で青山に行きました。

明治神宮外苑の銀杏並木は色づくには早く,「いちょう祭り」は11月16日からです。

青山通りを表参道まで歩きました。
11月1日の明治神宮・鎮座記念祭を祝ってか 表参道に日の丸の旗が飾られていました。

Img_5824Img_5822 

Img_5819_2泊まりは 汐留の ヴィラフォンテーヌ,ミシュランガイドに掲載されているビジネス・ホテルです。

外国人旅行者が多く,以前 家人が泊まったときは 朝食時,後から 同じテーブルに着いた中国人がうるさく テーブルを変わったことがあるそうです。

今回は 幸いなことに,それはありませんでした。

汐留は多くのレストランがありますが,一人で入るのは気が進まず,City Center ビル内にあって各種の弁当を売っている ‘JAPABEN’で寿司を買いました。
18時頃で,ビル内で働いている人達が買う時刻が過ぎているのか 半額になっていました。

今回,2年半ぶりの東京で 最も目に付いて気になったのは,スーツを着たサラリーマンのノータイでした。概略,半分くらいが タイをしてないのが異様に感じられました。
おそらく,クールビズが一般化して ノータイが普通になり,その勢いで季節が変わってもそのままということでしょうか。
タイとベルトを取られて留置場に拘留された,痴漢容疑のサラリーマンを連想します。

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2013年6月30日 (日)

海外旅行先の選び方

海外旅行に,「軽く」行く環境と,性格と,経済力と,・・・を持ち合わせていませんが,時には気分転換に日本とは全く違う景色を眺めてみたいものです。

-ということで,BSでよく放送されている海外紀行番組をよく観ます。

先日,BSの民放で リスボンを紹介する番組が放映されていました。

36年前,初めての海外出張(旅行)で行ったことがあり,ロンドン経由の British Airways の機窓から リスボン空港着陸前にオレンジ色の屋根と白い壁のリスボン市街を見て 初めての外国を実感したことを今も覚えています。
リスボンから50kmほど離れた 大西洋に面する町に3週間滞在して,単独出張の気楽さ(携帯電話も,インターネットも,FAXもない時代,糸の切れた凧のように)で リスボンにも遊びに行き,観光バスで主な観光スポットを回ったので,風景については全く変わってないと思いながら観ていました。

今回の番組では 風景と同じ比重で 料理が紹介されていました。
ポルトガル料理は原則シンプルです。

その中で紹介された 「‘干し鱈’のフライ」を見て,家人が 「これ食べたい。」と声を挙げました。子供の頃,よく食べたけど 最近は 「干し鱈」を見かけることがなくなって 食べたいと思っていたとのことでした。

私は 少し前,同じくBSの旅行番組で ハンガリーはフォアグラが安い,1kgが 1000~2000円程度という信じられない値段を知って ブタペストに行きたい,と思っていました。
(子供の頃,食べたことはありません。)

これで,ヨーロッパ行きプランが出来ました。

「リスボン」で‘干し鱈’を(ついでに「蛸雑炊」と「鰯の炭火焼き」も)食べつくし, 「ブタペスト」で ‘フォアグラ’を堪能する二都十日間,違いの分かる大人の旅(ビジネスクラス使用,ラグジュアリーホテル確約,最少催行人員2名,添乗員同行せず,現地係員案内なし,出発地・航空会社未定)

このプランを選択をする日本人夫婦は,どう考えても 他にいそうもないので,自分でアレンジしなければならないでしょうね。

いつか 行けるでしょうか?

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2013年2月 5日 (火)

35年前のポルトガルの少女は今ー

約35年前,20歳代の終わりごろ,初めての海外出張でポルトガルの,リスボンから車で1時間ほどの距離にある町に2,3週間滞在しました。

ホテルは丘の上の城跡を利用したリゾート用で,週末には リスボンからの家族連れ宿泊客などがいました。

仕事がオフの週末,朝食と洗濯を済ませ,町に散歩に出かけようと カメラを持って ロビーに行くと,従業員と話している7歳くらいの 賢そうな目をした少女がいました。
従業員に 「どこの娘?」と訊くと リスボンから来て両親と泊まっているとのこと。

そのとき 少女が私のカメラを見て 「撮ってほしい。」と 人懐っこく ポルトガル語で言ってきて(従業員の通訳を介して),可愛い少女だったので 慎重にピントを合わせ(‘オートフォーカス’はまだない時代)何枚か撮りました。ポーズは自分で決めています。

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従業員に協力してもらって住所を聞き取り,帰国後 送りました。

現地では遭えなかった母親の代筆で英文の礼状が届きました。
母親はイギリス人,父親はポルトガル人で 娘は小学1年生でした。
「娘が可愛いことは分っているが,あなたのカメラの腕もなかなかです。リスボンに来たら,是非 家に寄って・・・」 と書いてありましたが,その後 ポルトガルに行く機会はありませんでした。

少女は 既に40歳を過ぎています。どんな美人になっていることでしょう。
Sofia という名前でした。

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2012年12月13日 (木)

砥部のオーベルジュ周り

Img_4010誕生日の祝いを兼ねて 愛媛県の砥部にある ‘TOBE ORBERGE RESORT’に一泊しました。

‘全国ため池百選’のひとつ 「通谷池」畔に建つ オーベルジュです。

元々は レストラン,結婚式場がある棟が先にできて 1年遅れて,そこから離れた場所に宿泊棟ができたようです。

チェックインは レストラン棟で行いました。

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階段を上ったところに ロビーがあり,そこで ウェルカム・ドリンクを飲みながら チェックインしました。
ロビーの端は バーカウンターで,レセプション や キャッシャーのカウンターはありません。
部屋数 10(ヴィラを含めて)なので,大袈裟な設備は要らないのでしょう。

ガラス越しに 池を挟んで 宿泊棟が見えます。

スタッフが運転する 小さなFIAT(エンブレムから)でヴィラに向かいました。
軽自動車のように小さいながら 白ナンバーなので,排気量を尋ねたら “500CC” と答えられ,よく理解できませんでした。
翌日,別のスタッフに尋ねたら 「名前は “500C”で,排気量は 1200CC」とのことでした。

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小さな 表示板から先が オーベルジュの私有地のようで 竹林を切り拓いて作ったと思われる道を上ります。

レストランのカウンター表面は ここの竹を圧縮して作ったとのことでした。

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上りきったところに 宿泊棟があります。
地形を壊さずに 傾斜地に張り出すように建てられています。
この道には ‘FIAT 500C’がちょうど合います。

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この宿泊棟前の道から更に上の丘で レストランで供する野菜を作っています。
遠くの山が寒そうです。

続いて 「通谷池」そばの道(公道)に下りてみました。

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見上げると 宿泊棟が見えます。

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これは レストラン棟です。

しばらく 池の周りを歩きました。

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既に 紅葉の季節は過ぎていました。

桜の木があるので 春は見事でしょう。

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2012年12月12日 (水)

砥部のオーベルジュに一泊,ヴィラのようす。

誕生日祝いに 愛媛県の ‘TOBE AUBERGE RESORT’(伊予郡砥部町)に 食事に行き 一泊しました。

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宿泊施設は 江戸時代中期に作られた調整池「通谷(とおりたに)池」(農水省・選定委員会による 『全国ため池百選』のひとつ)畔に建つ 2階建ての集合棟に スタンダート 6室,スイート 2室,それに 平屋のヴィラ 2棟があり,今回 泊まったのは ヴィラでした。
平屋(1階)でも 高台にあるので眺望は開けています。
部屋の池側は ほぼ全面,床から天井までガラス張りで,壁がなく開放的です。
(間取りは パンフレットから 拝借)

ゆっくりと 何もせずに過ごすことが concept のためか default(?)として TVは置いてありません。(残念ながら 俗人のため TVを準備してもらいました。)

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Img_4007_2ヴィラの入り口,アプローチ(IN から OUTを見る) そして 玄関です。

アプローチは 曲がっており,玄関ドアが 直接見えないようにしています。

又,電線・電話線を地中に埋設しているようで 引き込みが見えません。
景観に気を遣って電柱はありません。

内部の造りを期待させる外観です。

部屋配置は Deck と Entranceによるくびれで ‘Living Space’ と ‘Bed Space’ を分けており,Bed Space の奥に Bath Roomがあります。

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エントランスの正面にDeck があり,「通谷池」が望めます。
池は国有地(池)ですが,噴水は オーベルジュが設置し,管理しているようです。
「景観」 と 「水の浄化」の観点から メリットありとして国が許可している,あるいは 民間会社が国に提供している,ということですね。

左側は Living Space です。

Img_3938Living Spaceの長いソファに沿って 机が配置されて,デスク・ランプと椅子が備えられているので 書き物も可能です。

有線インターネットは可能ですが,試しに WiMAXで 繋いでみました。
繋がりはしますが,電波は十分な強さではありません。

このような ゆっくりすべき場所で インターネットに繋げようとすることが間違っているということでしょう。

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Living Space および Bed Space から Deck 方向を見ています。

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Img_3931_2Bath Room です。

Bath Roomも 「通谷池」を望める総ガラス張りです。
スタンダード と スイートは Bath Room から Deck に出られるようですが,ヴィラのBath Room は Deckと連続していません。

Bath Tub そばの 和蝋燭の灯りで 入浴が楽しめます。

Shower Booth は 4面ガラス張りの完全独立型で Rain Shower を備えています。

床と壁は 石(又は タイル)で 床暖房が入っています。

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洗面台はシンプルです。
シャンプー類は ‘L'OCCITANE’でした。
桐(?)の箱には 歯ブラシなどが入っています。

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Living Spaceの冷蔵庫がセットされた棚には コーヒー豆と ミルがあったので,久しぶりに ミルで豆を挽き,濃いめに淹れました。

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室内は禁煙のため Deck で 煙草を吸いました。
ダッフルコートが必要でした。

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寝巻の他に,部屋着(靴下も)が準備されていました。
襟に 小さな刺繍があるのが女性用です。

そして 夜食です。

Img_4047建物を含め 全てが 気に障らない,統一感のある趣味で揃えられ,隅々まで神経が遣われており,心地よく 寛げる空間で 気に入りました。

最後の写真は ベッド枕元の壁の 活け花です。

(蛇足) 部屋は 完璧に整っていました。
広い窓ガラスも曇りなく磨かれていました。

チェックアウト:12時,チェックイン:15時の間に,この 80.8㎡のヴィラを 何人が,どのくらいの時間をかけて,どのような要領で整備し,整備状況のチェックするのか,家人は大変 興味を持ったようで,一度 その様子を見学して 家事の参考にしたいものだと申していました。

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2012年7月26日 (木)

福岡 4日目,Tyrell FX で 「福岡-北九州」と思ったけれどー

福岡 4日目(最終日)は 福岡市百道浜のホテルから小倉まで 国道3号を約70km走り,危なくなったら 電車に乗るというのが当初の計画でしたが,昨日までの実績から ,この暑さに負けそうで,「君子ならずとも危うきに近寄らず」で, 博多-小倉 輪行としました。

2泊した 「ザ・レジデンシャルスイート福岡」は 百道浜の埋め立て地(1982年 埋め立て開始)にあり,付近には立派な建築物が多くあります。

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福岡市博物館です。前庭の広さは特筆ものです。
埋め立て地ならではの贅沢さです。

Img_3009Img_3010

Img_3008_2内部も立派です。
常設展示場が入場無料だったので国宝の「金印」(漢委奴国王印)を拝観しました。

隣の 「総合図書館」も立派な建物でした。

博多駅に行く前に 天神に寄りました。

先週土曜日に「朝だ!生です旅サラダ」で紹介された 『磯貝』の「つぼ鯛の西京漬」を買うためです。

予め 場所など調べていましたが,購入するのにかなり時間がかかりました。

「磯貝」は 飲食店で,商品は主に通販で扱っており,商品のみ売っている店はなく,最初に行った 今泉の「磯貝」は「ろばた焼き」の店で夜しか開いてないようでした。
電話で調べて 近くの IMS 13F に 「すし磯貝」があることがわかり,11時前の準備中の店に行き,購入しました。
店にあるかないかは その時次第のようです。

Img_3019その後,博多駅から 門司港行の快速で小倉に行き,「リバーウォーク北九州」を望む紫川対岸のカフェで遅い昼食を摂りました。

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