Brady の Monmouth Bag と Brixton の Floyd で 九州へ
3月初旬,高校の喜寿祝同期会に出席のため 九州に行きました。
久しぶりに,リタイア前に通勤用に使っていた ‘Brady’ の “Monmouth Bag” と ‘Brixton’ の,今は廃版になった Brimmed Hat “Floyd” です。
連絡先が分かった 120名に連絡したそうです。
欠席者のうち 返信に記入された40名のコメントが配布され 15名の欠席理由が体調不良でした。
遠くにきました。
3月初旬,高校の喜寿祝同期会に出席のため 九州に行きました。
久しぶりに,リタイア前に通勤用に使っていた ‘Brady’ の “Monmouth Bag” と ‘Brixton’ の,今は廃版になった Brimmed Hat “Floyd” です。
リタイアして12年目,勤務していた会社のOB会の誘いがあって 8年ぶりに上京しました。
過去,東京で必ず泊まっていた汐留のホテルが満室,かつ高額(?)になっていたので止むを得ず,JRと地下鉄駅に近いという条件で,初めてのチェーン・ホテルに2泊しました。
今まで泊まった中にも問題があるホテルがありましたが,それらを含めて 諸々の点で最悪でした。
バッグの置き場所がなく 出し入れを 床,あるいはベッド上で行わざるを得ませんでした。
朝食の食器が ナイフ,フォークの長さの2/3程度の幅しかありませんでした。
その後,Booking サイトから ホテルの評価依頼があったので,初めて評価を投稿しました。
45年前,オーストラリア北西部の鉄鉱石積出港 ‘Port Headland’ から 東部 ‘Port Kembla’ まで オーストラリア南岸(南極側)に沿って鉄鉱石を運ぶオーストラリア船に乘ったことがあります。
日本を出発する時は せいぜい2週間の出張だと思っていましたが,ちょうどストライキ時期と重なって 初めは鉱山 ついで 港がストライキを行い,‘Port Headland’ で 2週間ほど沖待ちとなって 帰国したのは 5週間後になりました。
この沖待ちの間,毎日 10時に船長から電話で呼び出されて 船長室で ‘Tea Time’ を,「日本人は ‘negative question’ の答を間違うことがある。」,「いや,我々でも間違うことがある。海難審判の被告になったとき ‘negative question’ で質問する検事に 『‘negative question’ はやめて ‘positive question’ で訊いてくれ』と言ったことがある。」などの話をして過ごすくらいしか 時間をつぶせず,日本では ほとんどやったことがなかった魚釣りをしてみようを思いつきました。
バラスト状態の積載重量 15万トンの大型鉱石運搬船の高いデッキからも 海面下すぐのところを泳ぐ魚が見えたのです。
船長に言うと,針と釣り糸を準備してくれ,錘は「ボルト」としました。
海面下すぐの場所なので 後部アッパー・デッキに立って 頭の上で振り回して 遠くに投げ,海面を滑るように引き寄せる時に 喰いつくだろうとの考えです。
餌は調理室で牛肉を分けてもらいました。
一匹目を釣るのは時間がかかりましたが,釣れた魚を餌にした二匹目からは 3回に1回は 釣れました。
釣れた魚は? 日本では見かけない魚なので,乗組員のオーストラリア人に訊くと “Tailor” ,持っていた英和辞典で調べても 日本名は分かりませんでした。
釣った魚は この時 生まれて初めて捌いて(後にも先にもこの時だけ,鱗と皮をどう処理したか記憶にない)刺身で食べました。醤油は船にありましたが 山葵は 当然ありませんでした。
当時は まだ「鮨」は世界的評価を得ておらず,生魚を食べようという勇気のあるオーストラリア人船員はおらず,一人で 3/4匹くらい食べて 気分が悪くなりました。味の記憶はありませんが,鯵ほど美味くなかったとしても 不味くはなかったと思います。
残りは 船員が腹に野菜を入れてアルミホイルで蒸し焼きにしました。
今回 調べて “Tailor” が “Bluefish” だと分かりました。
英文 Wikipedia には 次のように書いています。
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The bluefish (Pomatomus saltatrix) is the only extant species of the family Pomatomidae. It is a marine pelagic fish found around the world in temperate and subtropical waters, except for the northern Pacific Ocean. Bluefish are known as tailor in Australia and New Zealand, elf and shad in South Africa. It is a popular gamefish and food fish.
ブルーフィッシュ(Pomatomus saltatrix)は,Pomatomidae科の唯一の現存種である。北太平洋を除く世界中の温帯および亜熱帯の海域に生息する海洋浮遊魚。オーストラリアとニュージーランドでは “tailor” ,南アフリカでは “elf” や “shad” として知られている。人気のあるゲームフィッシュおよび食用魚である。
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日本では獲れない,従って食べたことがない魚でした。但し 「アミキリ」又は「オキスズキ」という日本名はあるようです。
アニサキスがいなくてよかった。死んですぐ食べたので いても まだ内臓から肉に移動してなかった?
(写真は 船長と私と “Bluefish”)
下船した後,船長が休暇に入ったので 誘われて,帰国の途に就く前に ニューキャッスルの船長宅で2泊しました。
この時,船長は後任との引き継ぎのため,私が先に ニューキャスルの船長宅に行き,夕食をご馳走になろうとしたとき,船長から電話。
「シドニーに着いたから迎えに・・・ 」とのことで,食事を取りやめて 高校生の息子が運転する大型車で奥さんと私の3人で 170km先のシドニーに向かいました。
海外旅行に行く際,特に 米国に行くとき 気になるのがチップです。
最近 TVで パックンが「この間 久しぶりに米国に帰ったら,チップが 25~30% になっていて驚いた。子供の頃は 10% だったのに・・・ 」と話していました。
今後,必要になることは おそらく無いでしょうが ‘EF’ のサイトに 米国のチップを説明している記事があったので読んでみました。
下記,拙訳・転載します。
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“10 things no one tells you about tipping in the US”
「米国でのチップについて誰も教えてくれない 10 のこと」
Visitors to the US are often baffled by our tipping culture. It’s true – it’s a wild monkey you have to learn to tango with.
米国を訪れる旅行者は,チップ文化に戸惑うことがよくある。それは真実だ - タンゴを習う必要があるのは野生の猿だ。(*訳に全く自信なし。)
米国では 給仕(servers),バーテンダー,客室係(valets),美容師,マッサージ師など,多くの人にチップを渡すが,気が向けば 地元のコーヒー・ショップにいるかわいい男性(cute guy)にチップを渡すこともできる。しかし,誰にいくらチップを渡すかは どのくらい分っているだろうか? それにしても,ここで チップが文化にこれほど根付いている(ingrained)のはなぜだろうか?
Tip with confidence on your next US trip with the following top tipping tips no one tells you (we love a good tongue twister around here).
次回の米国旅行では,誰も教えてくれない次のチップのヒントを参考に,自信を持ってチップを渡そう (私たちはこのあたりの早口言葉が大好きだ)。:::
A quick history lesson
簡単な歴史のレッスン
チップは 1900 年代に標準になった。噂によると,この習慣は貴族階級(the aristocracy)の影響でヨーロッパから伝わったものである。チップが文化の一部だったヨーロッパ訪問後,彼らは他の人よりも文化的で知識がある(in-the-know)ように思われたかった。おそらく,彼らは全体に少し熱中しすぎていたのだろう,なぜなら,その後 米国人はヨーロッパ人からチップの払いすぎで批判され,それが今日に至るまで続いているから。
しかし,実際には,米国人がヨーロッパ人よりも多くのチップを払い続けている合理的な(legitimate)理由がある。
1960年代,米国議会はいわゆる「チップ・クレジット(tipping credit)」を決定した。これは,従業員がチップを稼いだ場合,雇用主は最低賃金を下回って従業員に支払うことができることを意味する。多くの州では今も活きているが,これは従業員がわずかな給料をもらって帰宅し,チップに頼って生活していることを意味する。これは食品業界でも当てはまる。
しかし,チップを受け取る全ての人が それに頼って生活しているわけではない。一部の職業にはボーナスとしてチップが含まれているが,そこには暗黙のルールがあることに気付いて,チップを支払う必要がある。
Restaurants & cafes
レストランとカフェ
1. 20% がチップの現実の標準である
私は美術学校に通っていた短い期間(stint)中,授業料を支払うために サーバーとして働いた。そこで私は米国のチップ文化の暗い裏の部分(the dark underbelly)を垣間見ることができた。
業界関係者: 一般的なコンセンサスでは,15~20% が通常のチップとみなされるが,正直なところ,20% 未満の金額は悪いチップとみなされる。私 (または私が作業していた他のサーバー) がそれよりも少ない値を取得した場合,私たちは何が間違っていたのかと疑問に思った。しかし,私たちはお金に飢えた(money-hungry)モンスターではなかった。素晴らしい仕事をした場合に 20% を期待したのには理由がある。その理由については,次のヒントをお読みください。
2. サーバーとバーテンダーはチップで生計を立てている
テーブルの給仕を務めることは私にとって最も大変な仕事である。それは,ダイナマイトの木箱(crate)の上でスプリットをする(split:股割り)ようなものだ(ほとんど休憩なしでテーブル間を何時間も走り回り,熱くて重い皿のバランスをとり,機械のように注文を覚える),汗だくの顔に笑顔を保ちながら。
精神的にも消耗する。人々は自分の食べ物に非常にこだわり(particular about),それが期待通りでなかった場合はなおさらだ。私は週に 30時間働いていたが,月給(monthly paycheck)はわずか $200 だった。多くの人にとっては想像もできないこと(unimaginable)だと思う。なぜそんなに給料が少ないのだろうか?
私があなたに教えた「チップ・クレジット」履歴のレッスンを思い出して:それが理由だ。
チップとして$800以上の現金を稼いだ夜もあり,本当に良かった。チップがなければ家賃も払えなかった。しかし,サーバーとバーテンダーは依然として現金チップに対する税金を申告する必要があるため,すべてが無料というわけではない。
3. 幸福が重要
食べ物が冷たすぎますか? サラダは嫌いですか? そう言ってください。
ヨーロッパとは異なり,懸念を表明するたびに私は明らかに意味不明なことを話す(私はかつて,ブルーベリーが2つ戦略的に(strategically)配置された小さなパンケーキに10ユーロを払ったことについて丁寧にコメントしたが,「ファスト・フード」が欲しいならバーガー・キングに行くべきだと失礼に言われた ),米国では自分の意見を表明することが奨励されている。
不幸な状況に陥った場合は,すぐにサーバーに伝えてください。空の皿を指差しながら,ハンバーガーが今まで食べた中で最悪のものだったと言ったら、顧客としてのあなたの価値は下がる。
面白い事実: ご存知の通り,米国ではパンケーキがはるかに大きくて安いです。
4. 直面することを予期する
米国人はシャイな国民ではない。私たちのことを表面的だ(superficial)と言う人もいるが,私たちは社交的でフレンドリーで,初めての人のコートやヘアカットが気に入れば,恥ずかしがらずに(unabashedly)褒める。また,お客様が私たちに悪いチップ(bad tip)を残した場合は,通りで追いかけることもある。サービスに不満がある場合は,サーバーに伝えてください。彼らはあなたを幸せにするために全力を尽くしてくれる可能性が高い。サーバーは食事を無料で提供して(comp)くれたり,テーブルにデザートを届けたり,少なくとも心からの謝罪をしてくれたりするかもしれない。
適切な(adequate)チップを残さなかったことを指摘された場合,これは正常なことであることを理解してください。今後はこのようなことを避け,料金を支払う前にサーバーに問題があることを表明してください。
Other service industries
その他のサービス業
5. タクシー運転手,客室係,まあまあ
米国の都市を訪れる場合,タクシーを 1~2回 利用することになるだろう。最近のタクシーには,乗車終了後にチップの金額を選択できるデジタル表示画面が付いていることがよくある。
ドライバーが絶対的に楽しく(absolute joy)ない限り,私は通常,最低額 (それでも十分な 15%) を選択する。客室係は通常,荷物を運んだり,ルーム・サービスを持ってきたり,車のドアを開けたりすることで $2~3を受け取る。
It’s best to just tuck the neatly folded dollar bills in their hands and say a quick “thanks,” don’t make it into a big deal. Don’t hand them crumpled bills.
きれいに折り畳んだドル紙幣を手に押し込んで(tuck in),簡単に「ありがとう(thanks)」と言うのが最善であり,大した問題(big deal)にしないこと。しわくちゃの紙幣(crumpled bills)を渡さないこと。
6. 美容師と理容師
私の妹のアンナは,過去 15年間 米国で美容師として働いている。
予約を直前にキャンセルしたり,非現実的な髪の希望を要求したり,最悪の場合はサービスにチップを支払わなかったりする人々まで,彼女はすべてを見てきた。美容師の仕事は肉体的に厳しいものであり(丸ブラシで髪を乾かしたり,一日中立ったり,カットハサミを操作したりしたことがありますか?),ほんの数例を挙げると,色彩理論,創造性,細部への注意,対人スキルなどの集中的な知識が必要である。
スタイリストに満足した場合は,多めの20~25% のチップを渡して伝えてください。
チップを払わなかったり,不快な結果を残すと,サロンのブラックリストに登録されてしまう。それは避けてください。
7. エステティシャン,マッサージ,その他の特別なスパのひととき
ここでの経験則(rule of thumb)は 15~20% である。自動的に追加されるチップ(gratuity)に注意すること。 何だって?
この新しいチップ習慣は,米国でますます一般的になりつつある。一部のスパやコスメティック・スタジオでは,ギフト・カードを購入した場合でも,予約したサービスに自動的にチップ (通常は 20%!) が追加される。不意を突かれないように,サービスを予約する前に会社のポリシーをチェックしておくこと。
次に,これが問題ないかどうか(okay with or not)を判断する。私は個人的にはそれに同意しないが,だからといってその場所を避けることにはならない。
Some extra tipping tips
追加のチップのヒント
8. Cash is king/現金こそが王
ほとんどの人は現金のチップを好む。 勤務終了時に家に持ち帰れるお金である。チップをカードで支払った場合,チップを受け取るまでに数日待たなければならず,チップは最初にマネージャーを経由する。どちらの方法でチップを渡しても,感謝される。現金がない場合でもチップを避けないこと。
9. Dollar bills are gold/ドル紙幣は金
ホテルに滞在する場合は,必ずドル紙幣を手元に用意すること。
上述のように,手伝いをしてもらうために客室係の手に数ドル(a few bucks)を渡すのは簡単かつ格好いい(chill)。
バーでは,1ドリンクに 1ドル(a buck)というのが暗黙のルール(the unwritten rule)である。
ホテルの部屋の清掃スタッフのためにも毎日数ドル残しておく。
10. Where NOT to tip/チップを払わない場所
米国人が “tip-crazy” であることはわかったので,チップを払わなくてもよい場所はあるだろうかと自問するかもしれない。
ファスト・フード店やカウンター・サービスのあるコーヒー・ショップではチップを支払う必要はない(ただし,念のために(just in case)チップ容器(tip jar)があるので,安心ください)。 以上。Happy tipping!
(転載了
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20年以上前,ロシアに5週間ほど出張したとき,夕食のレストランでいつも代表して支払いをしていたカナダ人は きっちり 15%をチップで渡していました。(同じ仕事をしており 雇い主が 食事代,ホテル代,旅費を払うことになっており,誰が払っても同じだったので 一番若いカナダ人が会計担当になっていた。)
クレジット・カードでチップを払う場合,請求書に チップの金額 もしく % を書いて カードと共に渡します。
米国での 一人の食事は ほぼ ファスト・フードに決めていました。
45年ほど前,初めて 海外出張で行ったポルトガルのホテル(海外で泊まった初めてのホテル)で,事前の勉強に従って 枕の下にコインを置きましたが,ベッド・メイキングの後,そのままコインが残っていました。国によって習慣が違うことを勉強しました。
コロナが一段落したと思ったのも束の間,第八波が確認されていますが,海外旅行がある程度 復活しているようです。
海外旅行と言えば,何故か 「ロスト・バゲージ」あるいは「ディレイド・バゲージ」を思いつきます。
飛行機に搭乗する際に空港の出発カウンターで預けた手荷物が行方不明,あるいは遅延することで,そうなった場合,あるいはそうならないように,バゲージには 名前,住所,電話番号,滞在先ホテルなど記した ネーム・タグを付けておくことが最低条件です。
ロスト・バゲージは 約1/200 の確率で発生するようです。
私は 現役時代,海外出張で 1回の ロスト・バゲージ(ディレイド・バゲージ?)と 2回の ロスト・バゲージ未遂を経験しました。
ロスト・バゲージ(ディレイド・バゲージ?):
アムステルダム発成田直行(北回り)で到着後,成田空港でバゲージが出てきませんでした。
KLMのスタッフと話したところ,「北回りの成田行き便の前に 南回りの成田行きが出発しており,それに載せられた可能性がある。南回りは数時間遅れて着く。」とのこと,私が余裕をもって 早めに空港に行って預けたため 南回りの便に間に合って,それに載せられた可能性は充分あると考えました。
そこで KLMのスタッフを人気のいない所に誘ってー ロスト・バゲージの理由で航空会社がホテルを提供する義務はなく,自宅(広島)に送るのだろうけど,私は 東京の本社でバゲージ内の資料を使う仕事がある。すなわち,南回りに載っているのなら 今日中に手に入れたいー
とネゴをして 空港近くのホテルを提供してもらいました。スタッフには代わりに荷物通関をしてもらうため「バゲージ・クレイム・タグ(預け時の半券)」と「キー」を渡しました。
夜遅く,ホテルの部屋にバゲージが届きました。
蛇足ー そのホテルに泊まるのはほとんど外国人のためか,私が口髭を生やして日焼けしていたためか,朝食の際,英字新聞を持ってこられました。私としては 1ヶ月半ぶりの日本なので日本語の方がよかったのですがー。更に,スタッフに卵料理の要領を英語で訊かれ,恥をかかせてはかわいそうと “Two sunny side up fried eggs,please.” と答えました。どこの国の人間と思われたのでしょう。英語の答で日本人と分かったかも知れません。
更に蛇足ー その後,しばらくして日焼けが引いた後,成田空港のシンガポール航空のビジネスクラス・ラウンジに行ったとき,日本人スタッフに英語で挨拶され,英語で返しました。ボーディング・パスの名前を見て,慌てて 日本語で言い直されました。
未遂,その1:
シンガポールで乗り替えてドバイに行ったときのこと,シンガポールから ドバイ経由ロンドン行きに乘りました。
バゲージは スルー・チェックで シンガポールでは手にしていません。
夜遅く ドバイに着いて,荷物が出てくるのを待っていましたが,出てきません。窓からは 乗ってきたシンガポール航空の機体が停まっているのが見えます。そもそも ビジネス・クラスのバゲージは早く降ろせる位置に積むはずだと思っていました。
スタッフにその旨言って,荷物担当に連絡してもらい,「あった!」と返答がありました。
バゲージは遅れて出てきましたが,同行者のバゲージは出てこず,ロンドンまで載せられて発っていきました。
その後 英語不得手の同行者のために ロスト・バゲージの書類を書いて ホテルにチェックインしたのは 午前一時でした。
未遂,その2:
ロサンジェルス 乗り継ぎで ヒューストンに行った時ー
同じ国で乗り継ぐ場合,スルー・チェックというわけにいかず,最初の空港でバゲージを受け取り,入国審査を通過して 次の便にチェックインします。当時,日本から ヒューストン直行便はありませんでした。
ヒューストン行きの便にチェックインし,バゲージを預けた後,何気なく,バゲージに付ける 行先タグを見ると “HOU” ではなく 違う空港(おそらく ダラス)になっており,ベルトコンベアに載せられる寸前でした。
こんなとき 英語で何と言うべきかなど考える猶予はなく “No, You are wrong!” ,“Should be Houston!” などと 言い慣れた(?)言葉を叫んだと思います。
教訓:
① 替えの下着は持ち込みバッグに入れておく。(成田のホテルでシャワー後,困った。)
② 諦めてはいけない。発生してから,あるいは 発生しそうになったら考え得る全てを実行する。
③ 可能な範囲で細心の注意を払う。他人を信用してはいけない。
米国の旅行雑誌最大手「Travel+Leisure(トラベル・アンド・レジャー)」誌 が 7月8日付で “The Top 10 Hotels in Tokyo” を発表しました。
富裕層を対象とするサイトの読者投票によるランキングで,世界のホテルに対するランキングから 東京を切り取ったもののようです。
以下,拙訳・転載します。
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今年の世界最優秀賞(World’s Best Awards)の調査は,COVID-19 の結果として広範な ‘stay-at-home’ 要求が実施される直前の3月2日に終了した。
結果は,パンデミック前の読者の体験を反映しているが,今年の受賞ホテルがあなたの旅行を刺激してくれることを願っている。
東京(人口で世界最大の大都市圏)の広大さは,やること,見る場所,食べる物,買い物の選択肢が非常に多いことを意味し,やや圧倒される感じである。
同じことが東京の最高のシティホテルにも言える。主要チェーン・ホテルの前哨基地(outposts)から,伝説的な独立系ホテル(legendary independent icons),旅館風(ryokan-inspired)のブティック・プロパティまで,あなたが望むものはすべてここにある。そして今年,我々の読者は この3種すべての好みを示した。
“T + L” は毎年,世界の最優秀賞の調査のために,世界中の旅行体験を検討し,トップホテル,リゾート,都市,島,クルーズ船,スパ,航空会社などについて意見を共有するよう読者に求めている。ホテルは施設,場所,サービス,食事,そして全体的な価値が評価された。 プロパティは,その場所と設備に基づいて 都市型とリゾート型に分類された。
(東京のホテルに関して)
「パレスホテル東京」は5位で,読者の大きな評価を得て適切なコメントが書かれ,その一人は「このホテルはとても気に入った,特徴的な香(the signature-scent incense)を購入した」と書いている。「部屋は素晴らしく,スタッフは信じられないほど親切,コンシェルジュは素晴らしかった。そしてロビーでの朝食は素晴らしかった。」
別の読者は,「ホテルのジムから,皇居の東庭園を見下ろすことができる。」と高く評価した。
「あらゆる点で印象的です」と,3位の「パークハイアット東京」について1人の読者が述べた(proclaim)。
このホテルは,2003年のソフィア・コッポラ監督の映画「ロストイン・トランスレーション」の舞台としての役割を果たした後,名声を博したが,独自の価値(own merits)がある。
新宿にそびえ立つ超高層ビルの最上階にあり,東京のすべてが目の前に広がっている(unfurl)ように見えるので,景色が部屋を予約するのに十分な理由となりうる。しかし,47階のプールのためだけにここに滞在する人もいる。床から天井までの窓があり,まるで空に浮かんでいるような気分になる。
今年の1位,「星のや 東京」は,繁栄している(thriving)都市のすべての近代性(modernity)と 日本の豊かな歴史への微妙な肯定(subtle nods)をブレンドすることにより,リストのトップになった。
「東京の最高のホテル」と,大手町周辺の近代的な高層ビル内にある旅館風のホテル,今年の受賞ホテルである「星のや 東京」を 一人の読者は特徴づけた(皇居と東京駅はすぐ近く(stone’s throw away)にある)。
ここの感覚はリゾートのようなもので,熱狂的な(frenetic)都市環境の真ん中にあって,読者はホテルに浸透する(permeates)穏やかな落ち着きの感覚(serene sense of calm)が気に入ったー特に全84室にある深い,伝統的な日本の浴槽に浸かっている(taking a hot soak)とき。静かなひとときを過ごせる禅ガーデン,日本の植物やハーブで作られた製品を使用したボディ・トリートメントのためのシンプルなスパもある。
(‘Top 10 Hotels in Tokyo’ を示す。)
(転載了)
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2009年に関東を離れた私には 知らないホテルが3つありました。
・「星のや 東京」 2016年開業
・「アマン東京」 2014年開業
・「アンダーズ 東京 虎ノ門ヒルズ」 2014年開業
泊まったことがあるホテルは 「ザ・リッツ・カールトン 東京」と「帝国ホテル」の2つです。
「ザ・リッツ・カールトン 東京」に泊まったときの朝食ブッフェで準備された皿が全て温かく,おそらく客数が多く,洗った後の温風乾燥した皿が冷える時間がなく 並べられたものでした。皿は温かければよいというものではありません。
サラダに温かい皿はまずいので スタッフに言って冷たい皿を持ってきてもらったことがありました。
細かいことまで気を配るのは大変ですが, 全ての客が見逃してくれるとは限りません。
世界が大騒ぎしたわりに具体的成果に乏しかった 6月12日 シンガポールで行われた米朝首脳会談で使われたホテルは ‘Capella Sigapore’,宿泊は トランプ大統領が ‘Shangri-La Hotel Singapore’,金正恩委員長が ‘The St. Regis Singapore’でした。
シンガポールの数多くの高級ホテルの中から これらのホテルを選ぶにあたっては,恐らく 保安上の理由が優先されたものと思います。
観光立国のシンガポールにいくつホテルがあるか知りませんが 5つ星クラスのトップクラスにどんなホテルがあるか,いくつかのサイトに示された Best 10 or 15 をピックアップしてみました。
各サイトのランキングで 3位以内のホテルにブルーで色付けしています。
当然,上記 3つのホテルは含まれています。

シンガポールには仕事で数回行き,延べ1ヶ月ほど滞在したことがありますが,仕事なので 当然,これら高級ホテルではなく ビジネス用のホテル,それでも ビジネス・フロアの専用ラウンジでいつでもアルコールを含む飲み物がフリーのホテルでした。
プライベートでシンガポールに行ったのは 9年前の1回のみ,60歳の定年記念旅行で 4泊5日滞在しました。
この時,宿泊ホテルは迷うことなく ‘Raffles’を選びました。
上記のリストでは かなり上位にランク付けされています。
他の近代的ホテルは どの国でも,日本でも,その系列ホテルと変わったものではないと思い,シンガポールらしい,コロニアル様式のホテルを体験したかったのが理由です。
本来なら 1週間以上滞在,というのが理想ですが,諸般の理由でそうもできませんでした。
Raffles Hotel は1887年に “Beach House”という名前で10室のバンガローホテルとして開業し,1899年に 現在の場所に コロニアル様式の建物が完成し,現在に至っています。当時は 「スエズ運河以東で もっともすばらしい設備のホテル」と ヨーロッパの人々に言われ,現在でも 世界のホテル・ランキングに度々現われる,特に 欧米人には憧れのホテルのようです。但し,1930年代までは アジア人は泊まれませんでした。
残念なのは 日本軍がシンガポール占領中,このホテルを接収し,それ以前の著名な宿泊者のサインなどの資料を廃棄したことです。
部屋数は,シンガポールの5つ星ホテルでもっとも少ない103室で 全てSuite,部屋の種類は 大きく分けると 2種類+αがあります。
この2つのSuitesの中に,宿泊した著名人の名を冠した “Personality Suites” が12室あり,私が泊まった Palm Court Suite 211号室の隣の212号室は “Charlie Chaplin Suite” でした。
+αの部屋は 更にグレードが高く,今年(2018年)一杯 ホテル全体が改装中(休業)というので,この中にあるのかも知れません。
ここは,他のホテルと違って,宿泊客でないと 入り難く,玄関に近付くと,右の写真で 家人と並んでいるような長身のインド人ドア・マンから 声を掛けられます。
“How can I help you,sir?”
これは 「いらっしゃいませ」の意味なのか,咄嗟に 何と答えればいいか,難しいところですが,チェックインしたときに部屋付きのバトラーに,「このホテルの宿泊客は ‘Guest’ではなく ‘Resident’(居住者)と呼ばれる。」と聞いていたのでー
“We are residents here.” と言い,更に 部屋番号まで伝えて ドアを開けてもらいました。
1週間以上,理想的には1ヶ月間滞在すれば 堂々たる ‘Resident’でしょうが,4泊で ‘Resident’は ・・・ やや恥ずかしいところでした。




“Palm Court” を囲むように配置された部屋の前の回廊にはテーブルとイスが置かれていて,バトラーに持ってきてもらった お茶を飲んでゆっくり過ごせます。
左は 朝,観光に出掛けるとき,掃除をしているスタッフと立ち話をしている家人です。
床はチーク材です。
現在,Wikipedia によれば 「1室1泊あたりの料金は,コートヤード・スイートで約12万円,パーム・コート・スイートで約13万円(いずれも時期により変動あり)で,シンガポールのホテルの中で客室の料金が一番高く,他のシンガポールの最高級ホテルと比べて,最低でも約2倍高く設定されている。」とあります。
このときは 奮発して(?) 往復 ビジネス・クラスにするため,姑息にも 往復をキャセイパシフィック航空の香港乗り換えとしました。
【追記】最後の出張時に泊まったシンガポールのホテルでー
・仕事が早く終わった日に,他に客がいないビジネス・フロアのラウンジで新人の若い女性のラウンジ・マネージャーと雑談をして,彼女が中国系で ベトナムから来た(移民?)ばかりと知る。「アオザイが似合いそうだ。」と言うと 次の日,ベトナム時代のアオザイを着た写真を見せてくれた。
・ある日,彼女に「ジンジャーエール」を頼むと 「作り方がわからない。」と言う。
「作る必要なし。ボトルそのまま。」と言うと,パントリーに来てくれ,どれか教えてくれ,とのこと。
ベトナムには 「ジンジャーエール」がない?
・帰国の日,深夜発の便で,昼までに エキストラチャージなしでチェックアウトし,荷物をホテルに預かってもらって 外で昼食,少し繁華街を歩いて 暑さに負けてホテルに戻り,ロビーで本を読んでいると,彼女が現れて何をしているのかと訊くのでー
“I'm going back to Japan Tonight. And ・・・ ” と状況を話すと,デスクにもどって 何やら書いた紙を持ってきて,「これを見せれば バーで何でも好きなだけ飲めます。」 チェックアウト済みの客に気を遣ってくれた。
Luxuryホテルではありませんが,親しみやすく,気の利いたスタッフがいました。
3月8日,NHK BSプレミアム 「2度目のリスボン」で リスボンの南東の町,セトゥーバル(Setubal)が紹介されていました。
旅番組のポルトガルで紹介されるのは,リスボン,ポルト,コインブラが主で,セトゥーバルが紹介されたのは記憶に残る限り初めてです。
セトゥーバルは 私の初めての海外出張(=海外旅行)の目的地で,思い出のある町です。
39年前の1978年5月,入社6年目の私は 本来なら開港している予定だった成田空港ではなく 羽田空港からアンカレッジ経由ロンドン行の便で初めての海外一人旅(出張)に発ちました。
ソ連時代は 大圏コース(最短距離)であるソ連領空を飛べなかたため 給油が必要で,ヨーロッパ便はアンカレッジで給油していました。
日本からリスボン直行便がないのは現在も同様です。
成田空港は成田空港反対派による管制塔占拠,計器破壊等により開港が遅れていました。
ロンドン・ヒースロー空港で何とか ドメスティック・ターミナル(ヨーロッパ域内への便はここから)に移動,ブリティッシュ・エアウエイ便に乗り換えてリスボンに向かいました。
ここで 日本人は私一人になりました。
‘Air Ticket’と ‘Boarding Pass’の違いも判らない心細い旅でした。
ーで,番組では
リスボンから車で1時間ほどの セトゥーバルの市場が 「ポルトガルで一番品揃えがよく,安い。リスボンから買い物に行く人もいる。」と言うおじさんの勧めで セトゥーバルに行きます。
市場は 1876年開設の ‘Mercado do Livramento’です。
ポルトガル語が分らないので ‘Livramento’が 商品の何かを指しているのか,地名なのか,分りません。
番組で紹介されたのは 残念ながら,海岸の風景が少しと,市場内の様子だけでした。
威勢のいい魚屋のおばさんがいました。
私は この町に2週間以上滞在し,尚且つ,最初の1週間は 客の都合で 仕事ができなかったので,一人で町中を歩き回り,飽きてリスボンに遊びに行ったりしていたのですが,不思議なことに この市場を訪れた記憶がありません。
地図(Google Earth)で 位置を確認するとー

右上の円が市場で,左下の円が 泊まっていたホテルです。
市場は 緑が多い大通りに面し,何度も歩いた気がします。
ホテルから町への降りる道は人家も人通りもなく,怖かったので 夜はタクシーに乗りましたが,昼間は歩いていました。
泊まったのは 右のように典型的西洋の城の形であり,そのとおり,丘の上に建つ城跡を利用したホテルでした。(-と言っても 泊まっているときは このような外形をしているとは気が付かなかった。)
地図上では ‘Setubal Historic Hotel / Pousada Setubal’と示されています。
私が泊まったときは シンプルに ‘Pousada Sao Filipe’でした。かつて 「サン・フィリッペ城」 だったのでしょう。
下の色褪せた写真は,当時 撮影した ホテルの様子で,最初の写真に,丘の上の城跡のホテルが写っています。
最後の写真は,ホテル(城)のエントランスで 石落としの開口があります。
今年 放送された 「関口知宏のヨーロッパ鉄道の旅」 のポルトガル編で,関口さんが 「この国には 大人を感じる。」と言っていました。
ポルトガル人が,かつての栄光の時代を懐かしむことなく,しかし,しっかりした文化の基礎と誇りを持ち,淡々と,そして 明るく生きているということでしょうか。
このときの出張は
往き : (羽田)JAL → ロンドン乗り換え → BA(リスボン)
復り : (リスボン)KLM → アムステルダム乗り換え → KLM (成田)でした。
帰国時,成田空港は開港していました。
20歳代に行ったときは 食べ物に,さほど感動しませんでしたが,今回の放送では 各種 食べたくなる料理の紹介があって,元気なうちに もう一度 訪れたくなりました。
(参考)
‘POUSADA’(ポザーダ)とは :
城や修道院,貴族の館などを改修したり,景勝地に地方特有の建築様式を生かして建てられたポルトガル特有の宿泊施設で,1942年に国の援助により最初のポザーダがオープンして以来,ポルトガル全土に展開。
現在では全29軒(2014年3月時点)を数える。当初は国営だったが,現在は ‘GRUPO PESTANA’が運営するホテルチェーンとなっている。
ポザーダは,それ自体が優れた観光素材として評価を得ている。歴史的な建造物を利用したポザーダでも近代的な設備を整えており,新しく建築されたポザーダでもポルトガルの伝統的な建築芸術が活かされているところが魅力。
次の4タイプに分けられる。
‘HISTORIC POUSADA’,‘HISTORIC DESIGN POUSADA’,‘NATURE POUSADA’,‘CHARM POUSADA’
私が泊まったのは ‘HISTORIC POUSADA’で 当時は国営だったのか,その性格から,長期滞在は困難で,1週間経ったとき,町なかのホテルに移ってくれと言われました。
ビデ(洗濯に使っていた。洗剤と一緒につけたままにしていたので掃除スタッフは驚いたと思う。正しい使い方を知らないわけではなかった。)があるのにシャワーだけの部屋でしたが,昼までホテル内で仕事をしていて 空腹になったとき,ダイニング・ルームは閉まっているので,石垣の上で雑談をしていた裸足の女性達に 何か食べ物はないかというと,シンプルなビーフ・サンドイッチを作ってもらったり,朝食は パンと カフェ・オ・レだけの完全なコンティネンタル・スタイルで淋しかったので シンプル・オムレッツを付けてくれと頼んだら,それ以来 黙っていてもサービスしてくれたり,家庭的で 気に入っていたので,何とか頼み込んで泊めてもらいました。
1週間前,2泊3日で東京に行きました。
目的は 「九州の高校の関東地区同期会出席」,「ホキ美術館(千葉市)訪館」,「長兄が建てた墓見学」です。
現役の頃の東京への出張には飛行機を使っていましたが,急ぐ旅ではないので 往復とも新幹線としました。
サラリーマンではなくなったとはいえ,それなりの格好をとー 「カーキのコットン・スーツ」に 「‘Brixton Floyd’のバケット・ハット」,「‘Paraboot Michael’のチロリアン・シューズ」,シャツは 白とピンクのオックスフォードを準備しました。
鞄は 「‘Barnsby(Jabez Cliff)’の ‘Weekend Traveller’」と 「‘Brady’のショルダーバッグ ‘Norfolk’」とし,押しも押されもしない 「田舎のおじさん」スタイルです。
目的を済ませた最終日,鞄を東京駅のロッカーに預けて,東京見物 (「銀座」,「青山」,「丸の内」)をしました。
ガラス張りの大きなビルで,上部に ‘KIRARITO GINZA’の文字があり,中央通りに似つかわしくない 12階建ての商業施設で,今年の秋,開業予定のとのことです。
旅行シーズンなのか,いつもなのか分りませんが,外国人旅行者が多く 目に付きました。
その後,銀座線で 「青山一丁目」に行き,青山通りを表参道に向かって歩きました。
表参道に入り 「表参道ヒルズ」を過ぎたあたりで 若い男に話しかけられました。
‘Tokyo Graffiti’という知らない雑誌の取材で,時間もあるので応じてみました。東京勤務時代,新橋駅前で TV局の取材を受けて以来です。
「お題」が難しかったのですが 適当にボードに書き,そのボードを持って 女性編集者に写真を撮られました。 ‘Dead or Alive,$5,000’とでも書けばピッタリだったかも知れません。
昼食は 一人なので 簡単に,表参道に面する ‘Bakery Cafe 426 Omotesando’で 「ハンバーガー・セット」にしました。
カロリーが気になります。
表参道を一往復して 丸の内に行きました。
丸の内2丁目あたりが,落ち着いていて 店舗も大人向きであり 東京では一番好きです。
先日,BSジャパン 「テレビ日経おとなのOFF」で紹介された 「Wagashi asobi」の 「ドライフルーツの羊羹」を家人への土産に買い求めようと,予め売っている店舗を調べて 「DEAN& DELUCA 各店」 とあったので 「丸の内店」に行きましたが 置いておらず,「有楽町店」ならありそうだと聞きましたが,時間がないので 東京駅構内 「GranSta」の「八重洲店」に行ってみましたが やはりなく,今度は 「六本木店なら・・・」 と言われ,諦めて新幹線に乗りました。
「六本木」,「有楽町」,「品川」の大型店でないと置いてないということのようでした。
去年10月に運行を開始した JR九州(九州旅客鉄道(株))の クルーズ列車 「ななつ星 in 九州」 は 日本では最も豪華な寝台列車と言われています。
運行開始後,何度か TVの紹介番組を見て興味を持ちましたが,料金も豪華なので簡単に乗ってみようと言う気にはなれませんが,試しに 資料を送ってもらいました。
・3泊4日コース
スタンダード(パンフレットではスイート):\430,000~\465,000 ×2
スイート(パンフレットではDXスイート):\600,000 or \700,000×2
・2泊3日コース
スタンダード(パンフレットではスイート):\180,000×2
スイート(パンフレットではDXスイート):\240,000 or \280,000×2
夫婦で3泊4日,DXスイートに乗れば 最高 \1,400,000 です。
コストパフォーマンスとしてバランスしているのかとの疑問があります。
列車の編成は パンフレットを見ると,7車両で,1号車と2号車が 「ラウンジカー」と 「ダイニングカー」,他の5両が客室で スタンダードが3室/両×4両,スイートが 2室/両×1両 で合計 14室 で,全室に シャワー と トイレが付いています。
配置図では 乗務員の控室,調理室の所在が不明です。
7号車701号室(DXスイート)の後壁,パノラマヴューが魅力的ですが,説明書の「ご注意」を見逃してはいけません。
「途中,車両の方向転換を行いますので,DXスイート(7号車)が 必ず最後尾になるとは限りません。」
例えば 長崎本線の終着駅である長崎に着いた列車は,機関車(何故か ディーゼル機関車)のみ付け替えますが,編成をひっくり返すことはできないということですね。
又,「列車内は全て禁煙です。」 喫煙者は注意が必要です。
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